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若年期認知症患者の家族 「新しい発達」の姿を励みに
京都市南区の会社員富田秀信さん(54)は、毎日午後5時に帰宅する。ホームヘルパーから、妻の千代野さん(58)の介護を引き継ぐためだ。 千代野さんは若年期認知(痴呆)症。9年前の春、自宅で突然倒れた。心臓発作に伴う「無酸素脳症」で、命は取り止めたが、脳に損傷を受けて記憶や認知、言葉に大きな障害が残った。
子の顔認知できず
「生まれ故郷の丹後町(現・京丹後市)や、保母として働いていたころの記憶は割合残っているが、数時間前の記憶は消えていく。2人の息子のことも、故郷の弟だと思っているし、年齢や住所も認知できない状態」(秀信さん)という。発病から1年で退院できたが、当時は在宅介護へのサポートは皆無。「高齢者でなく、先天的な知的障害者でもない妻は、福祉の谷間に置かれた。年齢と病状でなぜ差別されるのか」。
多くの出会い支え
育ち盛りの3人の子どもを抱え、借金をしながらも、友人や地域のボランティアに支えられて2年半の在宅介護、仕事、家事の日々。2000年からは、スタートした介護保険の特定疾病適用(若年期認知症)を受け、ようやく公的支援を得られるようになった。現在、平日の朝夕は訪問介護を受け、日中は通所介護を利用している。要介護認定は最重度の5だが「それだけで利用限度額いっぱい。残業や休日出勤で介護を頼むと、全額自己負担になってしまう。残業すればするほど家計が苦しくなるんです」と秀信さん。「介護保険には救われたが、在宅介護サービスがあまりに少ないという課題も実感している」
はいかいして保護
夕食の準備で目を離したすきに、千代野さんが家を飛び出してはいかいし、警察に保護されるなど日々のトラブルに心労を重ねることもある。しかし「妻のアクシデントを通し、多くの人と出会い、地域や職場の理解や支えも得た。妻が絵を描くようになるなど『新しい発達』をする姿をみると、私たちが逆に励まされることもある。子どもたちも福祉の道に進むなど、妻の影響を受けています」。
◇ 秀信さんは、一連の体験をまとめた「子どもになった母さん−仕事と妻の介護は綱渡り」を出版した。問い合わせは文理閣 電話075(351)7553。
物忘れ、暴言に募るイライラ 専門のデイサービス必要
40−50代の働き盛りで発病する若年期認知(痴呆)症の患者は、全国で10万人を超えるといわれる。高齢者と異なり、家計や家庭生活の柱が患うことで家族への負担はより大きい。だが、公的な支援は乏しく、厳しい生活と介護に追われる家族も少なくない。社団法人・呆け老人をかかえる家族の会(本部、京都市上京区)は、若年期認知症の家族交流会を定期的に開いている。京都支部(荒綱清和支部長)が先ごろ京都市内で開いた交流会には、約25人参加した。 参加者の中では50代で夫が発症したという妻が多く、最初は「うつ病」と診断され、早期発見が遅れたとの報告が相次いだ。「若年期の認知症と分かり、ようやく受け止められるようになった」との声もあった。 認知症は重度で寝たきりになった時よりも、身体は元気な初期や中期の介護の方が大変だ。特に若年の場合「体力はあるのに役立てない」という意識に本人や身内も落ち込むという。 激しい物忘れ、暴言、暴力、はいかい…。妻が発症した夫の中には「病気と知りながらも、しかってしまい、イライラした毎日になっている」との訴えも。妻の介護に専念するため、東京の会社を辞めて京都の実家に戻った男性もいた。 本来、在宅介護を支えるデイサービス(通所介護)は高齢者向きのため「多くの患者がなじめず、行きたがらない」。参加者からは「本人の閉じこもりや介護者が息を抜けない状態に追い込まれている。若年期認知症専門のデイサービスがほしい」との要望が強く出された。 荒綱支部長は「若年期認知症でも障害年金が受けられることを医療・福祉関係者さえ知らないなど、支援体制は大変遅れている」と嘆く。 [京都新聞 2005年4月9日掲載]
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