<不世出のアマボクサー・三浦国宏の半生記> 
銅メダルだったアジア選手権(タイ)の判定勝ち

 3年になって、キングスカップではチャンピオンに負けたんだけど、もう少しだっていう感じだった。自分としては、実力がついてきたと思ってたら、この頃からかなー『外国人選手には弱い三浦』っていう声がどっからか出てきた。

 帰って、すぐにリーグ戦だった。そしたら、日大にまた長島という強いのが現れた。僕の1階級上なんだけど、1年でこの年のチャンピオンになって、後にバルセロナ五輪に行っている。大嫌いなサウスポーで、僕より背が高い。

 リーグの日大戦の前に鈴木監督が、得意のオーダー変更の内容を話した。『三浦、お前には悪いけど、ライトウエルターから(2階級上の)ライトミドルに上げてくれ』と。その階級にエントリーする長島とやれ、ということだった。

 いくらなんでも、2階級の上げて、しかも、相手は1年のバリバリや、と思って、さすがの僕も監督に『サウスポーは苦手ですから…』って。でも『いいからやれ』と。(長島の試合を)見ていたら、上手いんですね。

 日大とは案の定、リーグ戦で全勝同士の対戦となった。しかも、両校4勝ずつになって、最後の僕の試合が優勝をかけた1戦なんですよ。7月7日、七夕さんの日だった。この試合を観戦したら、体育授業の出席になるっていうんで、会場の後楽園ホールは、超満員だった。実は、日大も同じようにしていたから、アマチュアの試合でこんなに観客が多いのは記憶にないですね。

 そりゃー、盛り上がりました。ボクシングは向こう(長島)が上手いから、1ラウンド、もうガーッといって、バッタリ倒したような…。ダウン2回とって、レフリーストップ(RSC)ですぐ勝った。まあ、僕のボクシングじゃあなくて、悪いんだけど、けんかファイト。こっちがプレッシャーかけるから、長島も殴り合ってくれて、それが幸いした。拓殖大の応援のおかげだった。

 その後のアジア選手権は、チャンピオンに負けて銅メダル。全日本選手権は自分の階級(ライトウエルター)で楽勝して、85年を締めくくった。


▲もくじ▲