<不世出のアマボクサー・三浦国宏の半生記> 
ソウルでのアジア大会でチーム仲間と(右のプラカードを持つ)

 アメリカでの世界選手権から帰って、すぐ沖縄で全日本選手権。ウエルター級でエントリーだった。前年、日大1年の長島に苦杯をなめさせられている同僚の高橋良秋(ソウル五輪代表)の代わりに、階級を上げる鈴木監督の作戦だった。

 また、浪速高校の野田が、インターハイ2年連続優秀して、全日本に出てきた。1、2回戦とも大学生を倒して勝って、『三浦を倒すのは自分や』って。まあ、威勢のいい高校生であったが、2ラウンドもて遊んで、ボクシングレッスンして倒してあげた。結局、野田は『三浦先輩のボクシングが見たい』と、拓殖大学に入ってきた。

 決勝は、長島(日大)。彼は1年でチャンピオンになっていたし、2年になって、また上手くなっていた。打ち合ってくれないし、1ラウンドはあしらわれた感じだった。3ラウンドが始まるときに4ポイント差をとられていた。アマチュアでは、もう取り戻せない大差だったが、やっと1発だけ左フックが当たった。もちろん立ってこなかった。ホッとした。自分に余裕はなかったが、最後の最後で大逆転できた。ここでも「強運」を感じた。

 これで、アジア大会代表が決まった。準決勝で、韓国の金東吉(ワールドカップ銀メダル)に負けたが、金が『1番やりにくかったのは三浦で、とても闘志があった』と語り、それが報道されたのが、せめてもの救いだった。


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