<不世出のアマボクサー・三浦国宏の半生記> 

 久しぶりに「伝説の男」の近況を伝えたい。2004年の春の夜に、京都で会った。東京で仕事をしながら、ボクシング界とのかかわりを持っている。

 京都外国語大学の監督は続けている。まったくの素人が入部してくるが、以前から「全員、卒業までに公式戦で1勝させる」と、心に刻んでいる。

 母校の拓殖大学では、各年次同期会があるが、2000年の創立100周年を機に、85期会の会長も務めている「だいたい、空手か柔道が相撲のOBが多いんですが、なかなか決められなかったようで、それなら、と私に指名がきまして」と、引き受けた。

 大学関係では、学友会京都府支部長で、大学の評議員を務める木下勝之氏(京都市伏見区在住)からも助言を受けている。実業家の木下氏は、大学OBの大相撲力士、栃ノ洋(石川県出身、春日野部屋)の後援者でもあり、スポーツの良き理解者だ。

 さて、伝説のチャンピオンが、いまのアマチュアボクシングをどう見ているのか。「一口でいうと、判定のルール変更にともなって、スタイルが変わってきた」という。パンチが相手に当たれば、1ポイントになる。パンチの内容が良くても、たいしたことなくても、ポイントの多い方が勝ち。また、試合中に、15ポイントの差がつけば、自動的にRSC(レフェリー・ストップ)がかかり、勝敗が決まる。押されまくっていても、一発大逆転のKO勝ちは難しい。「パンチが質から量に変わっていく」と、少し寂しそうに語る。

 「ボクは、一発で倒すタイプだった。自分の形にはまったときには連打したが、手数の多い方じゃなかった。いまのルールなら不利じゃないかな」と言う。今年はアテネ五輪の年だが、「世界の強豪は、連打も一発も両方を持っていた」と、2回の五輪を含む国際試合の経験を語る。

 2003年12月。ボクシングの"甲子園"である後楽園ホール(東京)で、「貫禄のある方から『三浦だね』と、声をかけられた。リングサイドクラブのご意見番、垣野内さんだった」。このクラブは、ボクシングの真のファンの集まりで、常にリングサイドで観戦しているので有名だ。なかでも、垣野内さんは、年間130試合余りをほとんど見ている筋金入り。「私のファイトも、ずっと見てくれてて、『あの左フックは少しズレてな』とか『あの試合では体重移動が悪いときがあったぞ』などと、いろいろアドバイスをもらった。まさに先生のような存在なんです、再

 会したときは、本当にうれしかった」と、伝説のチャンプも神妙に話してくれました。

 「リングサイドクラブのみなさんは、とにかく目がこえていて、つまらない試合のときなんか、ものすごく的確なヤジをとばすんです。ある意味では怖い人たち」だそうです。しかし、垣野内さんは『三浦のような昔タイプの選手はもう出てこないだろう…』と、内心寂しく思っているそうです。

 時間があれば、高校や大学の練習を見ることもある。出身の岩手県から「銀河系いわて大使」に任命されており、「ふるさとの顔」としても活動している。

拓殖大学の大先輩、木下氏(左)と握手する私(京都で)


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