前人未到の218勝をリングに刻み、1995年にグローブを外した岩手出身のアマチュアボクサー「三浦国宏」。数々のドラマを生んだ左フックは、伝説になろうとしている。京都には1987年から1999年まで住み、京都体育協会、府立山城高校に勤務した。日常の三浦は、あのハードパンチからは想像できない、人なつっこい笑顔の男だ。誕生から競技引退までの半生を「問わず語り」に回想する。
1999.7〜 text by Toshio Inoue
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経 歴
▼2005年
東京にミウラスタジオを開設
▼2004年
ごぶさたしています。近況です
▼2000年
新たな出発 そして物語は最終回
▼1995年 京都府選手権に出場(10月)
全日本社会人選手権ライトミドル級優勝(12月・龍谷大学)
生涯通算成績=246戦218勝28敗
▼1992年 山形国体の会場で、引退を発表(通算241戦213勝28敗)
▼1992年 京都で練習帰りに交通事故にあい、大ケガ(4月)
国体近畿予選に出場(8月)
全日本社会人選手権で優勝(9月・岩手)
 1991年 バルセロナ五輪代表選考試合をドクターストップで棄権(12月)
▼1991年 全日本社会人選手権(9月・札幌)ウエルター級優勝
石川国体ウエルター級優勝
第6回世界選手権(11月・シドニー)に出場
▼1991年 関西運動記者クラブから「関西スポーツ賞」を受賞(1月)
プレジデントカップ(インドネシア)で2位
中国国際トーナメント(6月・西安)ライトウエルター級優勝
アジア招待選手権(7月・タイ)ライトウエルター級2位
(1回戦で通算200勝となる)
▼1990年 北京アジア大会で銀メダル
福岡国体ウエルター級優勝
全日本社会人選手権(11月・後楽園)ウエルター級優勝
(決勝で国内100連勝を達成)
▼1990年 プレジデントカップ(インドネシア)に出場
日本ユネスコ協会の「フェアプレー賞」を受賞
(205戦182勝23敗)
全日本選手権(金沢)ライトウエルター級優勝
▼1989年 アジア選手権(北京)出場
北海道国体ウエルター級優勝
全日本社会人選手権(姫路)ウエルター級優勝
北海道国体ウエルター級優勝
 1988年 全日本選手権(大牟田)ライトウエルター級優勝。大会6連覇
▼1988年 京都国体・ライトウエルター級優勝
▼1988年 2回目の五輪となるソウル五輪出場。初戦敗退
▼1988年 プレジデント・カップ(インドネシア)ウエルター級銅メダル
プレ五輪(ソウル)ベスト8
ハワイ国際トーナメント優勝
第58回全日本選手権(釜石)ライトウエルター級で優勝
(通算成績=180戦160勝20敗)
▼1987年 全日本社会人選手権(東京)で優勝
沖縄国体に出場。団体成績で1回戦敗退
京都国体リハーサル・全日本選手権(井手町)ウエルター級優勝
第13回アジア選手権(クウェート)で1回戦敗退
▼1987年 東西大学王座決定戦(1月・後楽園ホール)で近大を破り4連覇
拓殖大を卒業、京都府に就職
▼1986年 全日本選手権(沖縄)ウエルター級で優勝
第10回アジア大会(ソウル)でウエルター級3位
山梨国体出場(岩手代表)、チーム3位
関東大学リーグで4連覇を達成
▼1986年 第2回ジャパンカップ(3月)で2位
第4回世界選手権(5月、アメリカ)
▼1985年 キングスカップ(タイ)で銅メダル
関東大学リーグで優勝
第11回アジア選手権(タイ)で銅メダル
全日本選手権ライトウエルター級優勝
▼1984年 奈良国体で岩手県旗手を務める。団体優勝
関東大学リーグで優勝
ジャパンカップ(12月、千葉)ウエルター級優勝
▼1984年 ロサンゼルス五輪に出場
▼1983年 関東大学リーグで優勝
全日本選手権(奈良)2位=副島選手に判定負け
群馬国体の準決勝で平仲選手に、決勝で副島選手にそれぞれ勝つ
アジア選手権(12月、沖縄)ウエルター級で3位
▼1983年 キングスカップ(3月、タイ)に出場
拓殖大学に入学
▼1982年 1月、岩泉農協(小本支所)に就職
島根国体・成年で団体優勝
全日本社会人・ウエルター級(12月)で優勝
▼1981年 岩泉高校を卒業、国鉄(現JR)バスに就職
▼1980年 岩泉高校3年 愛媛IH・ライト級優勝
栃木国体少年・団体3位(三浦は全勝)
▼1979年 岩泉高校2年 滋賀IH・バンタム級ベスト8
宮崎国体少年で団体優勝(三浦は準決勝で1敗)
▼1978年 岩手県立岩泉高校に入学、ボクシング部に入部
▼1975年 岩泉町立小本中学校に入学
▼1969年 岩泉町立小本小学校に入学
▼1962年
 (昭37)
8月20日、父・宏幸、母・フジの次男として誕生
(兄・宏一、妹・宏子、康子)


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