Kyoto Shimbun

初めの「一」 自分を表現するために

 大人ならごく当たり前のことを、子どもたちは一つ一つ体験していく。学校生活は、そんな「初めて」の連続だ。

3年生で習う毛筆。小学校は「初めて」の連続だ

 小学校では1年から国語科に書写があるが、3年で初めて毛筆を習う。

 「すずりに墨を入れてください」。書写専科の先生の指示で子どもたちはボトルを握り、恐る恐る墨汁を入れ始める。やんちゃ盛りとは思えない神妙な顔で、何度も「まだあ?」と聞いてくる。

 「一を書いてみましょう」。筆を墨に浸し、何とか半紙まで運んでくるものの、そのまま硬直してしまっている。そのうち、筆の先から墨のしずくが垂れ、「ぎゃっ」という悲鳴。教室内の静寂が破られた。

 「自由に書いていいよ」。先生の言葉に励まされ、やっと筆を進める。太さは5ミリから3センチまで、書く位置もまちまち。初めての「一」は子どもたち以上に個性的だ。

 書き終えた半紙を新聞紙で作った紙挟みにとじようとした時だ。あちこちの机から文鎮が落ち、「ゴン、ゴン」と鈍い音が教室に響いた。半紙に気を取られ、文鎮をのせたまま下敷きを持ち上げてしまったのだ。文鎮が落ちることが予想できていない。まして、人に当たると、ものすごく痛いことなど思いもつかないのだろう。

 「スポイトに水が入らない」と訴えた子は、水の入った瓶に突っ込んだまま、ぶぜんとしていた。押さないと水が入らないことがわからない。

 パソコン全盛の今、書写を学校行事などに振り替える学校は少なくない。教師の苦手意識もある。だが、先生はこう考えている。「パソコンは媒体だが、文字が持つ力や自分の力が加わったものが書写。自分を表現するためにも書写の力をつけさせたい」。まずは字を書く楽しさを教えることから始まる。

[2006年7月26日掲載]