Kyoto Shimbun

生徒指導 万能の方程式なくても

 「教室に入りたくない。帰る」。3年生の学年集会が終わった途端、アミ=仮名=が駆け出した。次は、合唱の学年練習。「どうしたんや」「練習行こう」と、何人かのクラスメートが引き留めたが、アミは出て行ってしまった。

昼休みも生徒とバレーボールを楽しむ先生。生徒の世界に飛び込んで雑談を交わす

 担任の先生が何とか引き戻し、アミの話を聞く。集会で別の先生が生徒を鎮めようと、厳しくしかったことに反発していた。人一倍デリケートで、感情をストレートに表現するアミ。何げない一言でも生徒の受け止め方は多様だ。「性格や家庭環境などを把握して話を聞くことが大事だが、難しい」と先生はいう。

 生徒数332人。京都市内では中規模の学校は5年前、「荒れた時代」を経験した。生徒は体育館の屋根を走り回り、先生への暴力も相次いだ。校舎のあちこちでロッカーやドアをける音が響いた。生徒はいらだちを、目に見える言動で表現していた。

 当時、生徒指導は、教室に連れ戻すだけで精いっぱい。目を盗んでは暴れる生徒とのいたちごっこが続いた。「力で押さえ付けるのではなく、何が不満かを知ることから始めるべきではないか」。先生が生徒の中に飛び込み、対話する指導に変えた。

 今でも、授業のない時間は校内を見回り、昼休みは生徒の輪に入ってバレーやサッカーを楽しむ。昼間の職員室に先生の姿はない。

 ただ、「生徒の表情から、悩みや不安が見えづらくなった」と、先生は感じている。「荒れた時代は反発しながらも1対1で話すと、生徒の心に伝わった。今はすっとかわされる」。多くはアミのように不満を外に出さず内に秘める。「表面上は穏やかな今の方が、逆に目が離せない」

 冷めながら熱を抑えきれず、反発しながら甘える。矛盾を生きる中学生とのつきあいに万能の方程式はない。

(おわり)
[2006年11月3日掲載]