おもしろ話(38) 丹波栗(下)
古代から女性の好物に
 

 写真の絵は、江戸時代の料理本のさし絵です。大粒の焼き栗(ぐり)が、はじけ飛び、後ろで見ている子供が不安そうな顔で頭を抱えています。一方、手前の母親らしい女性はびっくりしながらも、火ばしとうちわを握って、のんきな表情を漂わせています。パチパチと音を立てて燃える炭火で焼いた香ばしいにおいは、実り豊かな秋の象徴でもあったのでしょう。

食品画像
焼き栗がポンとはねて飛び出した様子を描いた江戸時代の版画(『精進料理 素人庖丁』、文政3年)

 古くからクリは、日本人とかかわりの深い木の実です。そのままでも甘みがあっておいしく、アク抜きなどの必要がないので重宝されてきました。記録に現れるのも早く、『日本書紀』や『万葉集』などに見ることができます。

 砂糖をたっぷり使った菓子が手に入らないころは、クリは菓子でもありました。千利休の茶会にもひんぱんに使われ、茶の湯の世界で好まれました。当時、京阪地域での需要をまかなったのが、丹波栗だったようです。

 さて、そんなおいしいものを女性が見逃すはずはありません。清少納言の『枕草子』では「めでたきもの」の中に「甘栗の使い」があります。平安時代、宮中で大きな宴会が催される時には、天皇から「蘇(そ)甘栗」という蘇(古代の乳製品)と甘栗を添えたものを賜ったそうで、それを持参する人のことを「甘栗の使い」と呼びました。

 また、現在でもクリは女性の好物ですが、『徒然草』に登場する因幡(いなば)国(鳥取県)の美女はまさにそんなクリの魅力に人生を左右されたひとり。なんと、数多くの求婚者に恵まれたにもかかわらず、クリ好きで、ご飯の代わりにクリばかり食べている変わり者だったために婚期を逃したという話です。

 クリは神への供え物や、祝いの席の「勝栗」としても欠かせないものでした。湯で煮て干し、うすでついて渋皮を除いたもので、搗(つ)くことを「かつ」「かち」といったことから縁起物として尊ばれるようになりました。現在でも、相撲など、勝負の世界で使われています。

 江戸時代のユニークな食べ方としては、栗ショウガなどがあります。針のように切ったものを針ショウガとまぜ、なますなどの料理の添え物にしたそうです。ほかにも白あえや、田楽、みそ煮など、変化に富んだ調理法が見られます。

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