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京都映画祭終幕 映画都市再興へ精神継承を

文化報道部 長谷川真一
「京都映画祭」のパンフレット。黄金期の時代劇から転換点を迎えた1970年代の作品まで、京都の映画史を縦横にたどるラインアップで、ファンを魅了した

 1997年から隔年開催されてきた「京都映画祭」が、その歩みに終止符を打った。往年の名作の特集上映や多彩なイベントを通じて、京都の文化的土壌の豊かさを示してきた祭典の終了は大きな損失だ。しかし、若手映画人の交流促進など、次代に向けてまかれた種もある。「映画都市の再興」を掲げた祭典の精神を引き継ぎ、芽吹かせることができるか、行政や映画人の取り組みが問われている。

 昨年10月、最後となった第8回の映画祭で見た客席の光景が忘れられない。祇園会館(京都市東山区)のスクリーンには、渡瀬恒彦主演「狂った野獣」。カーチェイスに手に汗握り、仕込まれたギャグに大笑いし、「終」の文字が浮かぶと自然に拍手する。色あせない名作の力や、その時代へのノスタルジーが生み出す観客の一体感−映画祭という場の空気自体が、一つの文化なのだと実感できた。

 京都市の肝いりでスタートした同映画祭は、市の財政難で2003年に一時休止。04年からは映画業界や関係者らによる実行委員会が運営を引き継いだ。しかし、回を重ねるごとに市の補助金は減り、昨年の総事業費は約2400万円(うち補助金1750万円)と、市が主催した初回の4分の1以下に。それでも映画祭の灯をともし続けられたのは、実行委の熱意と企画力に尽きる。先人の顕彰や歴史的価値の高いフィルムの修復事業など、担ってきた役割は大きい。

 京都の映画産業は長年、製作本数の減少傾向から抜け出せない「危機的状況」にある。映画祭は、そこに一石を投じる試みも模索。総合プロデューサーの中島貞夫監督は昨年9月の記者会見で「これまでのように名作上映ばかりをしていてはダメ」と言い切り、新機軸を打ち出した。

 それが、気鋭の監督たちの特集上映と、作り手・配給・興行関係者が徹底して現状打破への方策を話し合うシンポジウムの開催だった。意欲あるクリエイターと京都の結び付けを狙うとともに、名作上映も、テレビの台頭などで映画が斜陽となり、京都の映画産業が大打撃を受けた1970年前後の作品を並べ、現在の苦境と重ね合わせた。黄金期の時代劇作品が大半だったプログラムからの転換は、「回顧のためだけの特集上映は役目を終えた」との覚悟の表れだったのかもしれない。

 市は近く、若手映画人を中心に振興策を練る「京都映画映像活性化検討委員会」(仮称)を立ち上げ、中島監督もスーパーバイザーに就く。秋にはシンポや上映会などからなる小イベントを開く予定で、その内容も議論される。ただ、企画の唐突さもあってか、市の本気度をいぶかる関係者の声も聞こえる。

 事業費は300万円。たとえ小さくても、新事業が映画祭の精神と成果を引き継ぐものになると信じたい。

[京都新聞 2013年4月24日掲載]

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