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山科本願寺の追加指定 史跡で地域に活気を

文化部 仲屋聡
見学ツアーで国史跡に追加指定された山科本願寺の御本寺部分の解説を聞く住民たち(京都市山科区)
見学ツアーで国史跡に追加指定された山科本願寺の御本寺部分の解説を聞く住民たち(京都市山科区)

 本願寺中興の祖、8代宗主蓮如(れんにょ)が室町時代に造営した山科本願寺(京都市山科区)の中心部「御本寺(ごほんじ)」の遺構が3月、国の史跡に追加指定された。地道に積み重ねた発掘調査に加えて、地元住民や研究者らの長年にわたる草の根の保存活動が実を結んだ。「地域の宝」を市民の力で史跡に押し上げた“山科モデル”は、歴史を生かした地域創生の可能性を感じさせた。

 山科本願寺は京都を追われ、北陸や河内などで教化していた蓮如が都に近い山科を選び、1478年から造営。内部には御影堂や阿弥陀堂が立ち並び、門徒や職人の寺内町が形成され、周囲に土塁をめぐらせた。「仏国のごとし」と称されるほどに繁栄したが、1532年に六角氏、法華宗徒らの攻撃で焼亡した。

 地元の歴史を代表する山科本願寺は区民の誇り。近くの住民は親しみを込めて「蓮如さん」と呼ぶ。歴史を学ぶ団体が多くあり、子どもの関心も高い。取材の中で山科本願寺の歴史について熱心に調べて回る小学生と出会い、感銘を受けた経験もある。

 区内で開発が進み、残された土塁が壊されていった時期に、住民と研究者らが「山科本願寺・寺内町を考える市民の会」を設立した。保存運動に取り組んだ同会は遺構の見学会や学習会などを20年間続けてきた。14日に山科アスニー(山科区)で開かれた追加指定記念講演会にも多くの住民が訪れ、関心の高さを感じさせた。

 全国で史跡となる遺構は多いが、手つかずになっている事例は多い。指定からがスタートで、課題はその後の活用とそれを担うマンパワーにある。市指定史跡「大枝山古墳群」がある西京区では地元住民による保存会が熱心で地域振興に貢献している。京都市は山科本願寺でも保存会が立ち上がることに期待を寄せ、山科区民でつくる「ふるさとの良さを活(い)かしたまちづくりを進める会」は「追加指定を機にほかの団体とも協力したい」と連携に前向きだ。

 「考古学は地域を元気にする」

 これは亡くなった同志社大の考古学者森浩一さんの言葉だ。歴史を活用した山科の地域振興は、そのモデルケースとなりうると感じた。区民の関心がさらに高まることで、史跡の活用をさらに進め、戦時中に軍に供出されて台座のみが区内にむなしく残る「蓮如上人像」の復活につながればと願う。

 ただ、文化財指定の過程で地方創生を体現すべき官庁の体制に疑問を感じた点があった。史跡の指定は、文化審議会が文部科学大臣に答申し、数カ月後、官報に掲載されて正式に決まる。今回の答申は11月だったが、官報にいつ掲載されるのか、関係省庁に問い合わせてもなかなかオープンにならなかった。官報への掲載を心待ちにする各地域の住民にとって不親切極まりない。関係省庁には引き続き、この告知システムの改善を求めていきたい。

[京都新聞 2016年5月18日掲載]

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