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寂聴さんの法話を聞いて 思いを直接吐露する場を

文化部 行司千絵
大勢の人が参加する瀬戸内寂聴さんの法話の会場(2017年4月、京都市右京区・寂庵)
大勢の人が参加する瀬戸内寂聴さんの法話の会場(2017年4月、京都市右京区・寂庵)

 瀬戸内寂聴さん(95)が毎月第3日曜日に京都市右京区の寂庵で法話の会を開いている。ここ数年、定期的に参加しているが、通うにつれて、この場所が持つ意味を考えるようになった。

 説法とは、広辞苑によると「仏法に関する話。説教」とある。瀬戸内さんも、幼子を置いて出奔したことやうつ病になったこと、体の衰えなど、波瀾(はらん)万丈の自身の人生を例に挙げながら、仏の教えや生きる意味を約50分間語る。居眠りをする人が皆無なことに驚き、参加者が瀬戸内さんへ寄せる身の上相談の内容にも毎回心が動かされた。

 息子の嫁をどうしても好きになれない高齢女性、きょうだいが不和で家業の相続に悩む中年女性−。参加者はマイクを握り、長年胸に納めていた悩みを、瀬戸内さんへぶつけるように話す。

 大阪市から訪れた女性(52)は「思いを聞いてもらえる場所がほかになかった」と明かす。30年以上、会を続ける瀬戸内さんは「自分の思いを話すことで楽になるらしく、暗い顔だった人が明るい表情で帰る姿を見て『ああ、よかった』と思う」と話した。

 SNS(会員制交流サイト)など機械を介して思いを伝える手段が格段に増えている。一方で、がん患者やその家族、介護や育児に疲れた人たちが、膝と膝をつき合わせて本音を語り合う場の必要性も高まっている。

 昨年94歳で亡くなった佐藤初女さんが主宰した施設もそんな場の一つ。青森県岩木山麓に「森のイスキア」を開設し、長年にわたって人生に絶望した人に寄り添い食事を提供した。佐藤さんは著書「おむすびの祈り」でこう記す。

 <(略)私は、その人の話したいこと、思っていることを全部受けとめて聞くようにしています。「あなたはそういうけれど、それは間違っている」とか、「こうすればいいのよ」とか、途中で話をさえぎるようなことはしません。(略)

 悩みを抱える人の多くは、本当はどうすればいいのか、自分でわかっています。ですから、ああしなさい、こうしなさいと、指図をするのでなく、そばにいて共感し、その人が自分なりの解決の方法を見つけるのをお手伝いするのが、私の役目なのです。>

 瀬戸内さんの法話の会も同じ意味を持つのだろう。同時に身の上相談のやりとりは、その場に居合わせた他の参加者にも作用して、生きる活力を生み出すようだ。前に踏み出すことを決意した人には、会場から拍手が自然と起こった。私自身、体調不良が度重なった時期にやりとりを聞くと「自分だけがしんどいのではない」と気づかされた。

 生きづらさを抱える人たちがここぞの力を得るのは、抱え込んでいた思いが吐露できた時だと痛感する。それができる場所が、街のあちこちに生まれることを切に願う。

[京都新聞 2017年8月16日掲載]

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