千年の歴史を持つ京都には、たくさんの風雅で奥深い文化があります。和菓子もそのひとつです。食べておいしく、見て美しく、その背後には豊かな歴史や人々の暮らしが息づいています。さまざまな菓子舗を切り口に、京都の歴史や文化、街の表情を探っていきます。
今回のお菓子

<お店>鶴屋吉信  京都市上京区今出川通堀川西入 TEL:075(441)0105 <菓子>節分の菓子
写真1 「福ハ内」

 節分。冬が終わり春に移る。社寺では季節の変わり目の疫鬼を、豆まきや鬼やらいで追い払う。家々では玄関や窓に、柊の枝に刺したイワシの頭を挿す。

 その豆まきの豆をかたどったお菓子。その名も「福ハ内」。ふくふくした形と淡い黄色がなんともいえず愛らしい。この黄色の生地は「桃山」という。白餡(あん)に卵黄を加えて炊き上げ焼いたもの。しっとりときめ細かく、抑えた甘さがいかにも上品。ほこほこと暖かい焼きたては、またどんなにおいしいかと想像される。

写真2 鶴屋吉信 の店内。ここ2階で菓子を頂くことができる

 箱は杉製で竹の対角線が入る。豆まきの枡を表したもの。この菓子が作られたのは明治37年。包み紙には当時の文人画家・富岡鉄斎の賛、そして京都画壇の雄・山本春挙のお多福豆の絵が入る。縁起物の菓子として、迎春のころから店に並ぶ。ふっくらとしたその姿が、近づく「春」を感じさせる。

《できたてをその場で》
 鶴屋吉信 は京都の西陣、堀川今出川に店を構える。近くには茶道の家元も並ぶ、静かで落ち着いた界隈(かいわい)である。ゆったりした店の2階には、お茶を頂くスペースがあり、その一郭「菓遊茶屋」では、目の前で職人が菓子を一から作ってくれる。

写真3 目の前で職人が菓子を一から作ってくれる「菓遊茶屋」

 和菓子はできたてが一番おいしい。繊細な上生菓子はとりわけそうである。白餡(あん)を使った「こなし」生地などは、表皮のしっとりした触感が命。時間がたつと乾いてくるから、頂くのはすこしでも早いほうがいい。それでこそ菓子のおいしさもよく伝わる。菓匠はみな口を揃えて、「とにかくできたてを食べてほしい」と話す。作られたその場で口にするのが一番ぜいたくな食べ方である。

 同店には地方からのお客が多い。修学旅行の生徒たちも増えている。「菓遊茶屋」の職人は、作りながら京都の菓子の魅力、味わいどころを詳しく話すという。

 季節を目で見て楽しめる良さ、さまざまに考えてつけられた菓銘。特に「はっきりした形を作らず“淡く表す”京菓子のやりかた。見ただけでは何の形かわからないものを、菓銘を聞いて連想し、なるほどと思う。そうした奥深い楽しみ方をしっかりお伝えしたいと思っています」。

写真4 きんとんの菓子を作る。

《京菓子のわざ》

 作られていく様子を見ていると、その手際の良さももちろんながら、一つ一つの菓子が本当に丁寧に作ってあることに感心する。たとえばきんとん。粒餡を均等に丸めて餡玉を作り、外側の生地を裏ごしして細かくし、専用のきんとん箸で餡玉のまわりに手早く付け、形を整える。生地のかたまりがあっというまに緑の若草に姿を変え、その上に早春の細かな雪がそっと飾られる。小さな芸術作品を見る思いである。これがすぐ目の前で皿に載せられ、抹茶とともに供される。

写真5 新春のきんとんの菓子「若松」。上にかかった薄雪が美しい。大粒の小豆を使った粒餡も美味。

 後日、訪れた人から手紙が届くこともあるという。その多くが、京菓子の色の美しさ、技術の高さに驚いたというもの。「和菓子なんてひとまとめに“まんじゅう”と思っていたけれど、これだけ手をかけて作ってあると知って、いいかげんには食べられなくなった」と言ってくる人もいるのだとか。

 京都の和菓子の豊かさや洗練の度合い、その値打ちはなかなか外には伝わりにくい。こうしたところでその深さに触れて、和菓子を楽しむ人がすこしでも増えれば。奥ゆかしさは京都の美意識だけれど、「発信すること」もやはり大切である。

写真6 吉田神社。普段はひっそりと静かだが、節分祭の頃は境内がぎっしりと人で埋まる。

 鶴屋吉信 のある今出川通をまっすぐ東に行くと、突き当たりに吉田神社がある。厄除けの神様として知られ、節分祭の三日間は街の人々で遅くまでにぎわう。京都の町がもっとも寒い時季だが、護摩火の焚かれた境内は露店が並び、ぜんざいを売る店なども出て、小雪が舞う中にもいよいよ春が来るのだという気分の高まりが感じられる。節分の時季のこの寒さは、厳しいけれど元気になれる寒さである。


これまでに紹介したお店
塩芳軒  ・とらや ・いなりや ・俵屋吉富 ・粟餅所・澤屋 ・末富 ・御洲濱司・植村義次 ・鶴屋弦月 ・芳治軒 ・鶴屋寿 ・先斗町駿河屋 ・一和 ・菱屋 ・おせきもち ・川端道喜 ・水田玉雲堂 ・老松 ・桂飴本家 養老亭 ・能登掾 稲房安兼