千年の歴史を持つ京都には、たくさんの風雅で奥深い文化があります。和菓子もそのひとつです。食べておいしく、見て美しく、その背後には豊かな歴史や人々の暮らしが息づいています。さまざまな菓子舗を切り口に、京都の歴史や文化、街の表情を探っていきます。
今回のお菓子

<お店>いなりや 京都市伏見区深草開土町2 TEL:075(641)1166 <菓子>味噌煎餅
年明けから参拝者の絶えない伏見稲荷大社
きつねとおたふくの煎餅

 新年から寒の入り、早春にかけて、京都の南、伏見稲荷大社の門前はいつもよりいっそうにぎやかになる。初詣に続いて二月初旬の「初午(はつうま=二月最初の午の日、稲荷社の縁日)」にも、「商売の神様」の福を求めて、近畿はもちろん全国各地から大勢の参拝客が訪れる。

 そんな門前のにぎわいを縫って、参道に香ばしいにおいが漂う。味噌煎餅を焼く香りである。伏見みやげの代名詞のような、キツネの面 をかたどった煎餅をはじめ、丸いのや四つに折ったものなど、参道の両側に店が並んで、つやつやと香ばしい煎餅を、朝から一日焼き続ける。

《手焼きならではの味わい》

バーナーの上に並んだ焼き型。端から順に焼き上げていく

 店内では職人が火の前に座り、長い柄のついた鉄製の焼き型を、横に長いバーナーの上にずらりと並べ、端から次々焼き上げていく。たねを型に流し、火であぶり、まだ柔らかいうちに取り出す。手早く形を整え、木型に入れて冷ます。熟練の手さばきを見ているだけで楽しい。

丸い鉄の焼き型にたねを流し込む。たねを入れる玉 杓子は一枚の分量に合わせて、三分の一ほどが切りおとしてある

 岐阜で修業した先代が、京都に来て稲荷社門前で店開きしたのが始まり。岐阜では赤味噌の煎餅だったが、京都に来て白味噌に改めたという。味噌とゴマ、小麦粉、砂糖を水で練って焼く。配合は始めた当時からほとんど変わっていない。参道の店は多くが同じ家。もとは一軒で並んで焼いていた。いまも各店が使う鉄の焼き型はおそろいという。

 煎餅を焼く鉄の型。長い柄のついたはさみのような形。先の丸い部分にたねを入れる。キツネ面 のときはキツネ顔の型を使う。朝、表面に油を塗って焼き始めると、もう途中で油を塗り直すことはない。そのほうが表面 のてかりもつやつやとおいしそうになる。

《おみくじ入りの楽しさ》

焼き上がりの柔らかいうちに、中に辻占を入れる

 最近、丸い煎餅を折って中におみくじを入れた「辻占煎餅」が参拝客に人気。丸いたねをやわらかいうちに二つ折りし、さらに真ん中を曲げて両端を合わせ、鈴の形にする。この二つ折りのときに中に小さなおみくじ(辻占)を入れる。形を整え、木型に入れて冷ます。

 昔からある商品のひとつ。「いなりや」の郷正清さんによると、昔は商売に関する川柳風の占い文が入っていたが、最近は占い好きの若いお客が増えたため、文体を現代調に変え、恋愛に関する占い文なども作った。いまでは百通 り近い占い文があり、たびたび訪れるお客のために半年に一度は内容を書き換えるという。

形を整え、木枠に入れてしばらく乾かす

 「不景気のときは大吉などはあまり入れません。うまく行ってないときに大吉を引いてもあんまりぴんとこないでしょう?むしろ、これからよくなりますよ、の意味で末吉や後吉などを増やします」(郷さん)。占いを喜ぶのは若い女性ばかりかと思えばそうでもなく、年配の男性が「おみくじ、ええのん入れといてや」と楽しそうに言いながら買っていったりする。

いなりやの外観。同じ参道沿いにはすずめやうずらなどを焼く店も

 菓子屋さんもそうだが、伏見はどの店を覗いても、親しみやすいというのか敷居が低いというのか、京都の街中とはまたすこし空気が違う。日々、全国からの参拝客を相手に商売しているせいか。漬物屋、乾物屋、雑貨店。寒気に負けず店の外まで盛大に品物を並べて、威勢よく参拝客を呼び込んでいく。年季の入った店構えや値札を見るとなんだか、値段も昔からそれほど変わってはいないのかな、と思えてきたりする。

 小雪が舞っていても「ちょっと味見て行っとおくれやす」とおばあさんに声をかけられると、思わず店先に足を停めたくなる。まだまだ京都の寒さはこれからだが、このお稲荷さんの門前を歩くだけで、気持ちが明るく、元気になる気がする。


これまでに紹介したお店
塩芳軒  ・とらや ・鶴屋吉信 ・俵屋吉富 ・粟餅所・澤屋 ・末富 ・御洲濱司・植村義次 ・鶴屋弦月 ・芳治軒 ・鶴屋寿 ・先斗町駿河屋 ・一和 ・菱屋 ・おせきもち ・川端道喜 ・水田玉雲堂 ・老松 ・桂飴本家 養老亭 ・能登掾 稲房安兼