千年の歴史を持つ京都には、たくさんの風雅で奥深い文化があります。和菓子もそのひとつです。食べておいしく、見て美しく、その背後には豊かな歴史や人々の暮らしが息づいています。さまざまな菓子舗を切り口に、京都の歴史や文化、街の表情を探っていきます。
今回のお菓子

<お店>末富 京都市下京区松原通室町東入 TEL:075(351)0808 <菓子>ひちぎり

 なんとぜいたくな菓子かと思う。よもぎの香りの満ちる草餅の上につややかな粒餡、そして上品な白と桃色のきんとんが乗る。きんとんはふわふわときめ細かく、実に軽い。口にすると、その泡雪のような軽さをよもぎ餅のかすかな苦みがきゅっと引き締めてみごとである。

《ひな祭りの菓子》

 ひな祭りの菓子である。貝殻の形の平たい餅に、餡玉またはきんとんを載せる。二つ並べると内裏びなのように愛らしい。「ひちぎり」という名の示すとおり、餅の端はひっぱってちぎりとった形に作る。

 もとは宮中行事で使われていた餅が、江戸初期、砂糖の伝来とともに菓子に作られたという。家庭で食べる菓子というよりは、やはり公家社会やその周辺、そして京洛の茶人が、宮中や有職故実へのあこがれを込めて、大切に頂いた菓子ではないかという。

 いまでも、その名や姿を知る人はあっても、実際に食べたことのある人はむしろ少ないかもしれない。だがその愛らしい姿を見れば、これほどひな祭りにふさわしい菓子もないように思える。

 「いい菓子です。わたしも大好きです。緑、桃色、白の色合いが実に上品でいい」と末富主人・山口富蔵さんは話す。作るのはけっこうな手間。餅の台を作り、その上にさらにきんとんを載せる。が「今年はいつから出そうか、梅花祭が終わったころに出そうか、などと考えるとなんともうれしい」。

《ブランドとしての京菓子》

春とはいえ、風の冷たい京の町。マンリョウの赤い実が澄んだ空気に映える
 この「ひちぎり」も、それ以外の菓子も、作る時季というのはきっちり決まっている。「それが京都の菓匠の心意気。季節のうつろいを楽しむ心はわれわれがしっかり守らなくては」。菓子はただきれいでおいしいだけではない。季節感、歴史、文学。伝えるものがいっぱい含まれている。空腹を満たす「おやつ」ではなく、そこには深い文化がある。そうした意味で、京菓子は「真のブランド」だと山口さんは言う。進物にどの店の菓子を使うかでその家の格がわかる。「一種の社会的信用のようなもの。それに見合う本当に良い菓子を、心して作っていかねばと思っています」。

 菓子だけでなく何においても「うちは代々この店の」という「おきまり」があるのが京都の土地柄。お客に教わることも多い。「いいお客さんと接すると、こちらもよりいいものが作れる」。そのためには、お客に何を求められても食いついていけるように、あらゆる素養を高めておく。呉服、意匠、芸能。伝統だけでなく、新しいものにも「おもろおすな」と言える柔軟さが必要。常に感性を磨いておくことが大切。

 「京都はとても狭い世界。今出川から七条、鴨川から堀川。せいぜいそれくらいのエリアで千年以上も続いてきた。その一割を御所が占めている。だから、誰もが自然に『上の』世界を見つめ、おのずから洗練されてきた」。その磨き抜かれた京都の文化をなんとしても守りたいと言う。「商売人であっても、譲れないところは譲れない。世間に迎合していては、結局その文化はすたれていく。敷居が高いと言われても、その高さがあってこその京都と違いますか」

菱餅。見るだけでうれしくなる春の三色。シンプルだが飽きのこないおいしさ
 京都で「末富」の水色の包み紙はなかなかのブランド。だが、それを裏付けるものがこの店の菓子には確かにある。たとえば三色の色遣いが上品な菱餅、わりに大きいのに品のよい甘さは最後まで飽きることがなく、食べ終わってもすっきりした後味が口の中に残る。きんとんの「庭の春」は御所の左近の桜、右近の橘を表現したもの。見た目の美しさももちろんながら、ふわふわしたきんとんのなめらかさ、のどごしのよさに感嘆する。こうした菓子に出会うと、まさに京菓子のすごさを思う。

きんとん「庭の春」。御所の左近の桜、右近の橘を表現。ことに桜の上品な色合いと生地のなめらかさが絶品
 山口さんは「和菓子はヘルシー」という表現には抵抗を覚えるという。「甘さ控えめ」というのも同じ。「菓子は、甘さという旨味を楽しむためのもの。甘い和菓子は苦手、と言う人も一度『上質の甘さ』の持つ旨味を知ってほしい」。

 「身につく」という言い方がある。食べると心が豊かになるもの。体に力がわいてくる食べ物。京菓子はまさに「身につく」もの。それをいただく時間がしみじみと幸せに思える。その奥深さを味わってほしいと山口さんは話す。

これまでに紹介したお店
塩芳軒  ・とらや ・鶴屋吉信 ・いなりや ・俵屋吉富 ・粟餅所・澤屋 ・御洲濱司・植村義次 ・鶴屋弦月 ・芳治軒 ・鶴屋寿 ・先斗町駿河屋 ・一和 ・菱屋 ・おせきもち ・川端道喜 ・水田玉雲堂 ・老松 ・桂飴本家 養老亭 ・能登掾 稲房安兼