千年の歴史を持つ京都には、たくさんの風雅で奥深い文化があります。和菓子もそのひとつです。食べておいしく、見て美しく、その背後には豊かな歴史や人々の暮らしが息づいています。さまざまな菓子舗を切り口に、京都の歴史や文化、街の表情を探っていきます。
今回のお菓子

<お店>鶴屋寿 京都市右京区嵯峨天龍寺車道町30 TEL:075(861)0860 <菓子>さくら餅

鶴屋寿の店構え。「さくら餅」の暖簾がいかにも優しい
 京都を代表する景勝地・嵐山。桜の時季はもちろん、一年を通じて大勢の観光客が訪れる。この嵐山の名物が桜餅。扱う店は何軒かあるが、もっとも古いのが「鶴屋寿」。店は名刹・天龍寺に近く、天龍寺道には喫茶店があって、「嵐山さ久ら餅」の上品な看板を掲げる。

桜餅。巻かずに流した葉が優雅

 看板どおり、ここの桜餅も実に上品。餅は色付けせず生地のままの白、そして桜の葉は巻き付けるのではなく、二枚をまっすぐに流した形で包む。抹茶を点ててきちんといただくのが似合いそうな、はんなりとした姿である。

《道明寺の魅力》

 桜餅の魅力はあの桜の葉の香り、そしてつぶつぶとした餅(道明寺)の歯ざわり。葉っぱごと食べる人も多いが、「できれば餅だけで食べてほしい」と当主・野村紳哉さんは言う。塩漬けにした葉の風味はかなり強く、餅の風味を消してしまう。葉は香りを楽しむだけにとどめて、丹精こめた餅の歯ざわり、こし餡のほのかな甘さをこそ楽しんでほしい。

半透明の餅に餡が透けて見える

   「本当は、桜餅は作って一日ほど置いたものが一番おいしいんです」と野村さん。もともと、道明寺とは保存食にも使われたくらい、長持ちのきく素材である。作りたてより、しばらくおいて、味がなじんでからが食べ頃。餅の表面のつぶつぶも、一日おくとおどろくほどなめらかになる。葉の香りと塩気もよく移り、抜群に風味がよくなるという。

《有数の観光地で》

 終戦後まもなく、先代がこの地で菓子舗を始めた。「あれこれ作るより一種類をきわめよう」と、桜の名所・嵐山にちなんで桜餅にしぼった。一年を通じて商売できるように、色づけせず、白いままの餅にした。ピンクならいかにも「春の菓子」のイメージだが、白なら季節を問わず出すことができる。「春の桜餅」ではなく「嵐山の桜餅」、そして「鶴屋寿の桜餅」で売ろうと思ったという。

桜の絵の掛け紙。山本紅雲画

 嵐山は有数の観光地。シーズンには全国からお客が来る。だが野村さんは「地元の人にこそ好まれる菓子作り」をめざす。観光地のみやげものというだけでなく、京都の人が進物に使いたくなるような「きちんとした」菓子を。桜花が浮き出た美しい掛け紙もそのために用意。なにより端正な桜餅の姿にその思いがあらわれる。

三色団子を写した上菓子「花より」

 春季限定の「花より」も、そんな思いから考案した生菓子。見た目は花見団子だが茶席にも出せるように作った。やわらかな求肥(ぎゅうひ)の餅を三色の餡で包む。色合いのよさ、こぶりの餅のほどよい大きさ、そして、こし餡と粒餡の両方が味わえる楽しさ。とりわけ粒餡の風味はすばらしく、ついついもう一つ食べたくなる。

 同店の喫茶は桜餅をいただくほか、普通の喫茶店としても利用できるが、コーヒー一杯の注文でも最後に日本茶が出る。「お客さんは嵐山に『和の風情』を求めに来る。なるべく『和のおもてなし』の心でお迎えしたい」。観光地ならではの苦労はもちろんある。地方からの客に「スーパーの桜餅より高い」と言われてがっくりすることも。でも「全国の人が訪れる場所だからこそ、京菓子の本当のよさを伝えたい」。春だけでなく、嵐山の風光とともに、一年中味わいたい桜餅である。

これまでに紹介したお店
塩芳軒  ・とらや ・鶴屋吉信 ・いなりや ・俵屋吉富 ・粟餅所・澤屋 ・末富 ・御洲濱司・植村義次 ・鶴屋弦月 ・芳治軒 ・先斗町駿河屋 ・一和 ・菱屋 ・おせきもち ・川端道喜 ・水田玉雲堂 ・老松 ・桂飴本家 養老亭 ・能登掾 稲房安兼