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| 初夏の宇治。山間を縫って流れる宇治川と、中ほどに浮かぶ「塔の島」 |
山間を流れる清流に若葉がまぶしい。桜の時期も美しいが、宇治川の速い流れにはあざやかな緑がもっとも似合う。宇治は古来、山紫水明をうたわれて平安貴族の別荘がいとなまれ、近世以降は茶どころとして知られた。桜が終わり、新緑があふれる五月、宇治では商店街に「新茶」ののぼりが立ち、道を歩くとほうじ茶が香り、店に入れば新茶を振る舞ってくれる。
《御室御所出入りの名残》
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| 「稲房安兼」の店構え。休日にはこの前の道に観光客があふれる |
宇治の観光の中心は平等院。シーズンには参道を人びとが行き交う。この参道の中ほどに小さな店を構えるのが、宇治でももっとも古い菓匠のひとつ、「能登掾 稲房安兼」である。「能登掾(のとのじょう)」とはかつて同家が、京都の「御室(おむろ)御所」(現在の仁和寺・京都市右京区)に出入りしていたときの名残という。数代前の当主は能登・現在の石川県七尾市あたりの生まれで、そこから「能登掾」の呼び名がついた。店には御室御所から与えられた、名乗りを許可する文書がいまも残る。創業は享保年間。最初は御所に納める落雁「喜撰糖(きせんとう)」などを作っていた。大正期に入って、米粉に抹茶を練り込んで蒸し上げた、風味豊かな「茶の団子」を作るようになった。
《茶の風味と弾力》
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| 茶団子。やわらかな緑色にもっちりした歯ごたえがすばらしい |
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| 「喜撰山」。宇治の新緑を茶の「擦り蜜」で描いている |
串にささず、皿に盛られた小ぶりの団子。楊枝をさすと意外なほどしっかりした手応えがかえってくる。茶の風味は、最初口にしたときにはかすかに感じる程度だが、やがて口中に芳香が広がり、食べ終わればさわやかな苦みとやさしい甘味が消えずに残る。まさに宇治の新緑を味わう気分。しこしことした歯ごたえもうれしく、5つ6つと続けて食べてしまう。老若男女を問わず好まれる味。「子どもらも好きです。茶団子食べすぎてご飯が食べられへんようになる子もいる。でもまあ、米の粉ですからご飯代わりでもいいかなと」。稲房安兼の現当主・7代安兼さんは楽しそうに話す。
稲房の団子の材料は米の粉、抹茶、砂糖のみ。作り方は、まず米粉を熱湯で溶いていったん蒸し上げる。これに抹茶、砂糖を合わせ、十分に混ぜ合わせて練り上げる。これを団子の大きさに切り、せいろに並べてもう一度蒸す。この2回目の「蒸し」が重要。1時間近くかけて中までゆっくり蒸す。団子のしっかりした弾力はここでつく。「実は、『生蒸し』のほうが色はきれいなんです」と安兼さん。加熱時間が短いほど、茶の緑色はきれいに残る。逆に時間をかけてしっかり蒸すと、緑は茶色く焼けてしまう。見た目がきれいで時間も早いのならと、つい短時間で切り上げそうになるが、「生蒸しでは中がふにゃふにゃ。楊枝をさしてもはね返りません」。たしかに、この団子の魅力は茶の風味とともに、花見団子などにはない強い弾力にある。観光シーズンには朝から蒸し続けても追いつかず、商品が足りなくなることもあるが、このコシを出すにはやはり、蒸し時間の短縮はならないのだという。
《1軒だけではなく》
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| 茶団子にはもちろん宇治のお茶をいれて頂きたい |
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| 店先をいろどる藤。平等院境内の藤から分けたもので、一帯の多くの店先に飾られている |
茶団子を作っているのは同店だけではない。平等院や宇治橋の周辺には菓子舗が何軒か立ち並ぶが、その多くがその店独自の茶団子を作って売っている。濃い緑、強い味のものから淡い黄緑色のやわらかなものまで、見た感じも味もさまざまである。大きさや固さももちろん異なる。稲房の団子はまろやかな淡い緑。「わたしはこういう、うぐいすの色が好きで」。安兼さんはおだやかに微笑む。どこのがいい悪いというのではない、買う側の好みで選んでもらえばよい。茶団子が生まれた大正時代は、今のように広告宣伝が行き届く時代ではもちろんなかった。「1軒だけで作ってても続きません。みんながいっせいに作ったからこそ、宇治の土産として定着したんやと思います」。
宇治の特産、茶のおいしさをたっぷり練り込んだ茶の団子。蒸している間は茶のよい香りがあたりにふんわり漂うという。おやつにぴったりの飾らない姿だが、固くなりやすい冬は生地をやわらかく、逆に夏はしまりが悪くなるので水を少なめに、など、季節ごとの状態の違い、日々の温湿度にも気を使う。そうしてやはり、できればできたてを、おいしいうちに味わってほしいという。これは宇治茶にも言えること。ここの土地の水でいれるのが、おいしく飲む一番のこつである。宇治川の流れ、さわやかな緑、この地の風土が生んだ「茶の団子」。菓子それだけの魅力ではなく、背景の土地があってこそ、いままで続いてきたのだろう。それは京都の菓子すべてにも共通する、一番たいせつな「おいしさの秘密」であるのかもしれない。
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