■白川女は大八車がつえ代わり

 小さなおばあちゃんが大きな道路を行く。京都市中京区は堀川御池の交差点。渡り切るのに、青信号いっぱいかかる。大きな荷を車が次々と追い越していく。けれども「白川女(しらかわめ)は大八車がつえ代わり」。ゆっくりゆったり。おなじみの家を目指す。

 左京区北白川に暮らす白川女は仏花やサカキを町で売り歩く。戦後すぐは二百人ほどいた。なり手は徐々にいなくなっていく。現在は八人ほど。自動車でなく大八車を使うのは吉竹美智富(みさと)さん(78)ひとりになった。

 「街が変わって、おなじみも減ったわ」。白川女風俗保存会長の田中くめさん(95)は振り返る。ビルが増えた。古い町家が消えていく。仏花もスーパーで買える時代。白川女の存在もいつしか忘れ去られていく?

 吉竹さんのおなじみは半減した。三人の息子はとうに独立している。どうしても家計を助けなければならないわけでない。「そんでも、来るもんやと思ってくれてはる人がおる。もう生きがいやねん」

 変わらないいでたち。一歩ずつ道を踏みしめる。


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