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京を食べる | ||
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聖護院かぶら
「きれいなもんでしょう」 ここは、修学院離宮の北隣に広がる農地。音川次清さん(64)の畑もこの一角にある。農水路を目でさかのぼると、離宮の低い松並木が見え、その上には比叡山がそびえる。水は比叡山から流れてくるという。 聖護院かぶらは江戸時代、洛北・聖護院で生まれた。その後、宅地化の波に洗われ、水はけのよい、主に洛北の地を転々、今、市内では、大宮、修学院など住宅地に点在する生産緑地でわずかに栽培されているのが、現状。音川さんのかぶら畑もそんな一つだ。 「うちは振り売りですし、八百屋の店先並みに何十種もの野菜を栽培してます。聖護院かぶらだけやない。さあ、かぶらは面積にして、一アールぐらいかなあ」。かぶら畑の隣には小かぶや菊菜やねぎが整然と植わっている。 聖護院かぶらの種まきは九月上旬。その後、十日おきに三回くらい間引きをして、十一月上旬から収穫する。栽培のポイントは土作りとアブラムシ退治だ。 「かぶらにかかる前に、直接地面に有機肥料をたっぷり施す。牛小屋に使うもみがらを発酵させた堆(たい)肥です。守山から仕入れるんですよ。化学肥料ではここまで続かなかったやろね。必ず連作障害が出る。なにしろ、狭い土地でやってまっしゃろ」 アブラムシの駆除は、バイラスと呼ぶ病原菌を防ぐためだ。「これにかかったら、かぶらの形をなさない。お手上げです」。アブラムシは吸収口を根に突き刺して養分を吸い取る。新しい根に次々突き刺すうちにバイラス菌を感染させる。今はやりの肝炎の感染と同じだ。 「種まきから長いときは一カ月もの間、寒冷紗で覆って、アブラムシの侵入を防ぐんです。じゃまくさがって、つい、怠ると…」。聖護院かぶらは他のかぶらと比べて、抵抗力が弱い。「ま、京のお公家さんちゅう感じかな」
身が縮むような寒波のなか、音川さんはかぶらを洗いながら、白い歯をのぞかせる。「つらい? 寒かろうが暑かろうが、そんなこと思うたことない。いくら飲んでもね、夜明けとともに目が覚める。体が百姓になってるのやろね」 音川さんが家業を継いだのが十八歳。農業の先行きを憂う父親の反対を押してだった。それまで水田一本だったが、かぶらをはじめ、野菜の栽培を始めたのも彼の代になってからだ。
「離宮ができる前から代々ここを耕してきたんです。この地を捨てる気には。それよりなにより農の魅力。もの言わんもの相手に、愛情さえ注げば、自分の思いがそのまま通じる、いうことです」
今の京都市左京区聖護院で生まれたたため、この名がある。高嶋四郎京都府立大学名誉教授によれば、享保年間(1716〜36)、聖護院の伊勢屋利八が近江かぶらの種を植え、改良を重ねた。天保年間(1820〜44)にこれを使った千枚漬けが考案され、京の名産としてなくてはならない野菜。 | ||
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<いただきま〜す> ▼かぶら蒸し |