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京を食べる | |||
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たけのこ
「ここです」 地割れがあちこちにある。たけのこ掘りは地割れ探しから始まると聞いていた。あった! 「いやいや。それは土が単に乾いただけの日割れ。網の目のようでしょ。こっちこっち。たけのこの割れは中心から割れていて横にすーっと伸びてる」 京都府向日市物集女町にある山田勇さん(72)の猛宗畑。私たちはことし初のたけのこ掘りに同行した。名のある西山のたけのこのなかでも、物集女のそれは日本一と土地の人々は自負している。
「土質と客土がこういうたけのこを作るんです」 土質は、粘土質だが、たたけばパラパラと細かくなる。排水がよく、保湿性が高い。たけのこにとって理想的な、バイガラと呼ばれるこの土の上に、わらを敷き詰め、さらに客土といって、三センチほど土を積む。かつては人力、今はショベルカーが活躍する。 山田さんは火ばしに柄のついたような道具「さし」を地面に斜めにそっと突き差す。たけのこがあるかどうか確かめるのだ。 「ありました。なにしろ地中のことですから、さしのあたりだけで判断するんです。石ならカチンカチン、地下茎ならツンツン…」 たけのこなら。さしを持たせてもらうと、スンスン、しとやかな感触だ。 ついで登場するのは「掘りぐわ」。たけのこ掘り専用のくわで、金属部分が九十一センチ、柄が七十五センチ。ずいぶんいびつな形のくわだ。山田さんはくわの先で地割れの中心の土を除く。黄色い小さな穂が現れた。さらに周囲の土を掘り広げる。頭が見えてきた。 「さあ、地下茎からたけのこを切り取りますよ」
「すべて土中の目に見えないところでの作業。商品価値を下げないように掘り上げるには、ちょっと熟練がいりますね」 収穫は丈にして二十センチほどのが三本。あと二週間もすれば、最盛期に入り、連日、朝の四時半から仕事にかかる。そうして連休前には、掘り跡にお礼肥を施し、五月には親竹の芯(しん)を止め、八月から九月にかけて六、七年のもはや子を生まなくなった竹を伐採する。一本の竹が一生に産む子供は六十人ほどだという。 「今の日本人の生き方とはえらい違いですね。あっはっは」 竹薮を後にする一行をうぐいすが送ってくれた。 「ホーホケキョ、ケキョケキョケキョケキョ、ごくろうさん」
=おわり=
食用になる竹には孟宗竹、真竹、淡竹などの種類があるが、主なものは孟宗竹。高嶋四郎京都府立大学名誉教授は、孟宗竹の原産は中国江南地方で、日本には琉球・薩摩を経て、明暦・寛文年間(1655−73)のころ、近畿地方に伝わったとの説と、1736年、薩摩の島津吉貴公によって琉球から導入され、日本各地に広まったとの説があるとする。 | |||
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<いただきま〜す> ▼たけのこの土佐煮 |