Kyoto Shimbun 1997.11.18 第4部 21世紀への提言

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 創造の追求 京に土壌
     截金工芸家 江里 佐代子さん

 伝統工芸の世界では、もちろん、しきたりや錬磨された技(わざ)の伝承がかけがえのない価値だと思っています。それゆえに、世界に通じる日本を代表する京都の工芸が存在しているのです。けれど、社会の生活様式であるとか価値観は移り変わるものであり、まして短時間で世界各地との交流が可能となった現在、伝統工芸もそれらと無縁であるはずがありません。

 仏師の家に嫁ぎまして、仏像彫刻の加飾として重要な截金(きりかね)の技術とその美しさに初めて出会いました。仏像製作は、多くの伝統工芸がそうであるように、分業制が確立しています。特に截金は大きなジャンルでもなく、技術も手法もあまり明らかになっていなかった。そのなかでも、箔(はく)を重ね合わせ厚みを持たせる技術は秘伝中の秘伝で、通常10年修業しないと教えてもらえないというほどでした。

 幸い私の場合は、先生にめぐまれ、10年待たずに教えていただけたのですが、その後、独自の方法や道具を自分で工夫しました。職人さんを増やすためにも、技術も開かれたものにすることが、現在も変わらぬ課題であると思います。

 最初は緊張して息詰まるほどでしたが、さまざまな技法に出会うたび、いわば創作意欲が刺激されていったのです。決まったことを見よう見まねでやるのではなく、オリジナルな工芸分野に応用したいと考えるようになった。

 しかし、仏像の飾りが本来の仕事で、制約がほんとうに多く、逸脱することは難しい。他の伝統工芸も同様と思います。仏像や仏壇あるいは仏間に関係あるようなものでないと同じ木工製品といっても、周囲の抵抗が大きかったですね。

 仏師の家ですから致し方ないかと納得し、何ならいいのか真剣に考え、茶道に関係のある香合やなつめなどに截金が使えないかと思いいたった。これで工芸の分野に踏み出せました。

 もうお亡くなりになりましたが、人間国宝の斎田梅亭先生が、工芸分野への可能性を追っていらっしゃった。私は、それを引き継ぐような格好ですね。

 私の試みは、ガラスへの装飾や道具として使われても剥(はく)落しないコーティング技術へと、用途も技術も広がっている。海外の技法の研究や伝統工芸としての可能性を懸命に求めた結果だと思います。

 技の伝承連綿と

 素材もそうですが、先人の知恵と経験の詰まった技法は信頼のおけるものであり理解し、尊ぶべきです。また、逆にそれに疑問を持ち、破ろうとすることも必要だと考えます。創作の可能性を追求するには、つねにその緊張した接点に自身を置くことが重要です。

 京都には、伝統工芸の関係者も多く、ものを作りだす人間同士の交流も容易でとても刺激になります。

 これは、よくいわれるように、京都の歴史性ということでしょう。時代が連綿と続いていること、その風習や考え方、ライフスタイルを大事にしてきたことが他都市とは違う特性を形作っていると思います。

 伝統工芸もこの点を大切にしながら、なお世界や社会の動きにも敏感に対応する両面性が必要だと確信します。これが、日本の古来からの特徴を十分に持ちつつ、同時に国際性ある作品につながるのではないか。もっとも現状の社会では、伝承という言葉に、もう少し重きがおかれてもいいと考えているのですが。(談)


 えざと・さよこ 1945年、京都市生まれ。京都市立日吉ケ丘高校で日本画、成安女子短大で染色を学ぶ。仏師の夫と義父の手伝いだった截金で工芸の世界に進出。仏教美術を原点に自由で精神性の高い創造、表現をめざす。86年京都市長賞、91年日本工芸会総裁賞など受賞。



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