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主観と客観の折り合いに悩む
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生花(花材はカラー、花器は薄端、幅40cm×奥行45cm×高さ80cm) |
松月堂古流は、未生斎一甫に先駆けること五十年、立華に対して生花(せいか)の世界を切り開いた是心軒一露によって創流、その弟子であった公家、植松家三代賞雅が後事を託され、代々同家が家元を継承している。植松嗣寶は十三代家元を約束されている。
主観と客観をどう折り合いをつけるかが、植松の悩みだ。
「いけばなはどんどん作家性が強くなる。こんなものがと思うようなものが高く評価されるでしょ」
流儀花に取り組むにようになって、彼のなかで両者の乖離(かいり)はますます進んだ。
同流の生花は、正花、相令、通用、体、留の五つの役枝に地、水、火、風、空、即ち宇宙の成り立ちを表現。基本花型を五体として、七体、九体…と二十五体まで構成をふくらませていく。難解な理論が特徴だ。
「流儀花では、細かい約束事がいっぱいあって、それにのっとっていれば、だれがみても美しいのだという基準があるから、よけい混乱して」
いいものとはいったい何か。それを見つけるために植松は大学で美学を専攻した。彼なりの答えを出したのは大学三年生のとき。博物館で狩野元信のふすま絵に出会ってからだ。
「水墨の四季花鳥図の植物のみずみずしさに衝撃を受けたんです。草花が低い所では地面に沿うように、上のほうでは風を受けてなびいたり葉が巻いていたり。それまでは、きれいな色が目に飛び込んでくるのを美しいと、人々同様、私も思っていましたが、白黒の濃淡のなかに生命力とか姿の美しさとか、ゆるぎないものがある。色彩感は乏しいが、葉一枚一枚の向き、枝の方向など、徹底的にフォルムを検証して生けるお生花も全く同じだということを発見したんです」
大学卒業後、出版社の営業マンを志望した動機も主観客観の問題だった。数字で客観的に答えが出る世界に身を置きたかった。
「問題集や参考書を売るんですが、自分が努力すれば、数字で結果がきちんと出てくる。自分がどんなに満足しても、いい反応が返ってくるとは限らないお花とは対照的な世界を経験して、よかったと思う」
基本大事にし変革を目指す
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「hana99 花KATACHI」で発表したモンドリアン風の作品 |
二年前からいけばな専一だ。今はクラシックな基本を大事にして、そこから変革したものを目指そうという姿勢に落ち着いている。かくて、流儀花に力を入れる植松だが、型では押さえ込めない自分も時としてある。合同展などで出品する前衛的な作品群だ。二年前の「hana97 花KATACHI」でのジャンクアート風の作品、またことしの同展では、プラスチック板を配した壁面に錦木や竹など乾燥した花材を用いたモンドリアン風等々。
生花の型の世界と現代の世界を、長らく続いたお公家さんの美意識が、どう融合させるか、楽しみだ。
(編集委員 林 恭子)
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