笹岡 隆甫

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色彩花に哲学を

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生花「池見草」(花材は蓮=はす、花器はガラス花器、幅45cm×奥行45cm×高さ100cm)
 けいこ日だった。お花は初めて、というお嬢さんたちが三人、メジャーで寸法を計った花材を剣山に挿している。気さくで論理的な教え方、教室の隅に用意されたコーヒーとお菓子、ちょっとしたサロンだ。

 笹岡隆甫は去年から教え始めた。いけばなに触れたのは、三歳のとき。祖父である未生流笹岡の家元、笹岡勲甫の養子になった年だ。勲甫の長女で副家元である母の辻井則甫から、寸法の茎や花をマジックで描いた大きなボール紙を与えられ、これに合わせて花材を切ってはいけた。いけばなが遊びだった。

 三十三歳で京都市の課長から家元に転身した祖父の勲甫は多くの試みを行った。秘伝とされた未生流の花矩(はながね)である生花(せいか)の寸法、直角二等辺三角形を数字に置き換えてテキストに明記。また造形いけばなが吹き荒れるなかで、プラスチックなど異素材を使って「色彩花」と呼ぶ左右対称のいけばなを創出。さらに床の間のない家でも飾れるようにと、「ミニ生花」や「ミニ投入」も考案した。高度成長期のいけばな環境を敏感に捕らえ、対応策を次々と打ち出した知と行動の人といえよう。

 生花の空間の構成美を生かす

 これに対して隆甫は未生流伝統の花態、生花をこよなく愛する。「生花を発展させて新しい花矩を創る」ことが生涯の目標だが、まずは「色彩花に改良を加え、生花に近づけたい」。隆甫によると、色彩花は生花の花矩が生かされていないという。

 「色彩花はいわゆるデザイン花なんです。ぼくはそれにいけばなといえるだけの哲学をもたせたい。それには、生花の空間の構成美が生かされてないと」

 「それに、異素材は試みとしてやってみたらいいが、いけばなと称する以上は、生きた花でなければ」

 後ろ向きとも、当代への批判とも聞こえることばだが、彼のなかには、伝統美への執着が強くある。

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1997年に制作した色彩花「聖母」
 「日本の伝統美は、和歌でも俳句でも伝統芸能でも、自然のライフサイクルを感じられるかどうかだと思うんです。四季を楽しむという日本人の感受性。白銀比と呼ばれる直角二等辺三角形の空間構成。この二つが今日までいけばなが伝わってきたゆえんです。いけばながそのアイデンティティーを失えば、他の芸術ジャンルに負けてしまう」

 この二年ほどは彼の信念を実践した作品がポツポツ出てきている。98年の四枚の障子を花器と見立てた「跳ねる」。99年の三つの陶かごを床から壁面へと配した「散華」。いずれも大きな空間に生花の構成が生きている。

 日本建築史の研究と二足のわらじだ。今年、博士課程一回生。

 「研究は苦しいけれど、お花は楽しい」

 花を語るときの表情は本当にうれしそうだ。

(編集委員 林 恭子)
・ささおか りゅうほ・
1974年京都に生まれる。77年から未生流笹岡家元嗣。99年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。京都芸術短期大学非常勤講師(建築史)。hana99実行委員。
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