
行列は、明治維新から江戸、安土桃山と、7つの時代を過去にさかのぼる「倒叙」形式をとっている。なぜか。
実は、第1回は倒叙ではなく、歴史の流れに沿って平安期から組んでいる。この時は「平安奠都(てんと)千百年紀念祭」の余興的な意味合いが強かった。ところが第2回から祭りの性格が変わる。祭神である桓武天皇の神幸列が街の繁栄をご覧になる、そのお供をするのが主旨となった。そのため行列の順序を逆さにし、1100年の歴史を振り返るとともに、神幸列に各列が供奉(ぐぶ)する形をとったのだ。
さらに1940(昭和15)年、平安神宮に孝明天皇が合祀(ごうし)され、神幸列の鳳輦が2基になると、幕末から平安遷都までさかのぼる風俗絵巻をもって供奉する意味は、さらに明確になった。
平安神宮権禰宜の三宅正直氏は、「行列の並びにも、各列の衣装、道具の設定にも考証を重ねた先人たちの知恵があふれている。そうした知恵を感じ取って祭りを見ていただければ」と語る。
時代祭は、平安神宮の創建時につくられた市民組織「平安講社」が管理運営している。市内の旧学区ごとに編成する「組」を単位に構成し、当初は6講社6列でスタートした。その後、組織が広がり、現在は10講社18列に拡大。京都花街や女性会による「婦人列」、青年会議所による「幕末志士列」などが加わり、全長2キロの大行列になっている。
各講社の参加者は、何カ月も前から隊列や着付けの練習を重ね、祭り当日も早朝から着付けして京都御苑で待機する。こうした地道な努力が祭りを支え、先人の京都復興への思いを現代まで受け継いでいる。平安講社理事長の山田善三郎氏は、「ご祭神が京都市民の繁栄をご覧になるという本来の主旨を考えれば、今後とも市民による市民の祭りとして盛り上げていかなければならない」と話している。
