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鞍馬の火祭 1

燃え上がる氏子の心

 闇夜に尾を引き、舞い上がる無数の炎。松やにの香りが官能を酔わす。光、陰、また光−。火の群れがあやなす陰影は、大松明(たいまつ)を担ぐ男たちのほとんど裸の体をつややかに浮き立たす。「サイレイヤ、サイリョウ!」掛け声は絶叫に。女たちのはやす太鼓や鉦(かね)の音は、テンションを高め、鞍馬の里は、観光客らを巻き込み興奮に沸き返る。

 今年も、鞍馬・由岐神社の例祭「火祭」の日が巡ってくる。千年以上も前の故事に由来する京都三大奇祭の一つ。きょう16日の宵宮祭から22日夜の本番へ向け、地元のムードは急速に高まる。

杉本光男さん

 「鞍馬では、1年13カ月分の食い代(しろ)用意しとかなあかんと言うんです。ひと月分をこの祭りで蕩尽(とうじん)する。大層ですが、すべてが祭りのためにあるようなもんですわ」と鞍馬火祭保存会会長の杉本光男(61)。9月、由岐神社御旅所に各種の松明の材料となるシバ(ミツバツツジなど)が集められ、各家に配る「柴(しば)分け」を行うころになると、心が浮き立ち始める。

 「よその人には理解しにくいでしょうな。いまじゃ、もう松明担ぐことありませんが、それでも血が騒ぐ。心も燃えてくる」。別名「甲斐性松(かいしょうまつ)明」ともいわれる大松明(現在長さ4メートル、重さ100キロ)を担ぎ、跳ね上げ、炎を振り回したころのことを、杉本は懐かしそうに語る。「いまのより2メートルは長いようなヤツを、一人で担いだもんですよ」。

 この祭りは、火が圧倒的な魅力である。地元以外の多くの人を引きつけてきたのも、蠱(こ)惑する炎の力だ。

森崎一さん

 「祭りのことが、決して頭から消えなかった」というのは、一時、鞍馬の地から離れたことのある氏子総代(下在地)の森崎一(60)。「一晩で燃え尽きる。この一瞬にかける心意気が、火祭の魅力やね。このためやったら何でもするという気になりますわ。材料そろえなど準備は、いろいろ面倒でも苦にならない。鞍馬からは出られません」。

 火の粉飛び交う勇壮な祭りは、男を引きつけてやまない。そんな男たちを支えて裏方に徹する女たち。だが、女も祭りに酔う。

 夕闇の午後六時、「神事にまいらっしゃーれー」と触れ歩く「神事触(じんじぶ)れ」を合図に、各家先のかがり火に火がはいり、祭りはクライマックスへ。

久保京子さん

 鞍馬で生まれ育った久保京子(53)。祭りに招いた20人ほどの親類、知人らお客さんの接待に忙殺されながらも、そろそろ祭りのことが気に掛かりだす。

 200本を超える松明が石段の上や下で火の海をなし、燃え尽きる。注連(しめ)縄が切られるのが合図。男たちは2基の神輿(みこし)に走り寄り、石段から降ろして、御旅所に向けて街を練る。祭りの第二のピークだ。久保は着物にかっぽう着姿で、一目散に外に飛び出す。神輿につけた太鼓をたたくのが何より好きなのだ。久保と同じように大勢の女がたたきにやってくる。囃子(はやし)の太鼓と鉦は、松明と違い、女も参加できる領分。ドンドンドコドコドコ…リズムは勝手にわいて来る。

 心が躍る、という。「結婚するまでは、最後の最後まで太鼓をたたいて回ったほど。今は、家のことほったらかすわけにもいかず、200メートルほどでやめてますけど、それでもすっきりと、えもいわれない気持ち」。

 男も女も、燃え上がる鞍馬の火祭。伝統の行事の中に、不思議なカタルシス(心の浄化)が見えてくる。(敬称略 鞍馬の火祭は5回掲載予定)

[京都新聞 2006年10月16日掲載]