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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

鞍馬の火祭 4

伝統と観光のはざまで

 鞍馬街道沿いに細長く続く「火祭」の舞台、京都市左京区鞍馬本町。「海のない港」あるいは「船のない港」などといわれてきた。昔、若狭などからの物資の集積地だった。家並みが、それを物語る。軒の低い2階建て、虫籠(むしこ)窓…山里にはまれな商家の雰囲気を伝える家々が立ち並ぶ。

田中誠さん

 鞍馬寺の山門を中心にして、ほぼ南北に広がる鞍馬。現在、住人は約5百人。観光客が絶えることはないが、オフは、実にひっそりとした印象なのだ。ところが、火祭当日の22日は、なんと住人の20倍にあたる1万人を超える人々が、狭い谷あいのこの里に押しかける。義経ブームだった昨年は、1万6千人を記録した。

 「いや、もう電車が無事に走ってくれて、お客さんに何もないようにと、毎回必死です」−。鞍馬の入り口にあたる叡山電鉄出町柳駅の駅長田中誠(40)。運転士のころから、乗客のあふれる火祭とつきあってきた。この日は全員出勤。多忙を極め、鞍馬の駅に行くことはあっても、これまで、火祭を見る機会もない。「最近は、旅行会社のツアー客とか、外国人もずいぶん増えました。最大輸送の火祭ダイヤで、アルバイトもいれて、13人態勢で臨みます。午後から、てんてこ舞い。何かあってはと気も抜けず、食事もろくにできません」と、事故も苦情もないことを願う。

 鞍馬の地元では、こうした多くの観光客にとまどいもある。

☆庭和代さん

 鞍馬寺山門前で木の芽煮の製造販売を手がける☆庭和代(51)は、観光客に本当の火祭のことをもっと知ってほしいと、思う。

 「松明(たいまつ)ばかりではなく、祭り全体を見てもらいたい。企画する旅行会社の方法にも原因があるかと思うが、地元が、どれだけ長い時間をかけて準備し、どれほど敬虔(けいけん)な気持ちで臨んでいるか。鞍馬のことや祭りにかける真剣さを、少し頭に入れて来てもらえれば」と話す。

森川順行さん

 由岐神社の宮司森川順行(59)も観光客の増加が目立ち、祭り本来の形に影響が出るのが心配だ。「10年前に比べると、注意看板だけでも、4、5枚だったのが今はもうなにやかやいれると80枚ぐらいになってます。1万6千人というのはコントロールされた人数で、祭りをおこなうためには、これが限界だと思います。入れ代わり立ち代わりという感じでおいでになる観光客に事故があっては、祭りの存亡にかかわる」と観光客の安全対策に腐心する。

 「火祭」を仕切る伝統の住民組織「七仲間」のなかで、最も権威がある大惣(おおぞう)仲間の組頭(法師仲間)。そのひとり岸根紀代治(65)は、火祭があまりにも有名になりすぎたのでは、という。

岸根紀代治さん

 「狭い鞍馬に、これ以上に人が集まると、氏子の祭りという伝統のままの火祭を続けることは難しいかもしれない。つまり、松明がだんだん小さくなったり、以前ほど大きな動きもできず、鞍馬のものが大事にしてきた祭り本来の魅力がなくなる」と不安が募る。だが、「伝統は、どんなことがあっても引き継がないといけない。しきたりをきちんと若い人に伝えながら、時代にあった祭りのあり方も模索し、努力しなければ」と前向きな思いを語る。

 自分たちの伝統の祭りを、時代に合わせる工夫も重ねながら、いつまでも維持し続けよう−鞍馬で火祭を支える人たちに今、共通する思いである。(敬称略)

☆は「廣」の中が「黄」です。

[京都新聞 2006年10月19日掲載]