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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

京都検定現地講習会

第2回 本願寺 龍谷大文学部助教授・岡村喜史さん

 本願寺は京都で興り、さまざまな経緯があって最終的に1591(天正19)年に現在の西本願寺の地に戻りました。そういう意味で、京都というのは仏教界にとっては非常に特殊な場所であるのです。本願寺は全国に寺があり、門徒と呼ばれる信者がいます。そういう人たちが、親鸞聖人の命日、報恩講(旧暦では11月28日)に全国からお参りにきます。そのときに御影堂(ごえいどう)という建物で参拝し、その後対面所で門主と対面し、御斎(おとき)と呼ばれる食事をした。そういう形で教団の結束を高めるという意味合いがある。

 今ちょうど修理をしている御影堂は浄土真宗を開いた親鸞の木像を安置している所です。1617(元和3)年の火災で焼け、その後寛永年間に再建にかかり、最終的に1636(寛永13)年に現在の形で完成します。重要文化財の指定を受け、修理に税金から補助をいただいています。東本願寺の御影堂というのは幕末の蛤(はまぐり)御門の変の類焼で消失し、1895(明治28年)に建て替えましたが、西本願寺は、たまたま焼け残りました。西本願寺の御影堂は、現在国の指定を受けている建造物の中で、東大寺の大仏殿に次いで大きい建物です。

 御影堂に対して、向かって右にある阿弥陀(あみだ)堂(20年余り前に修理済み)は阿弥陀如来を安置しているところです。浄土真宗の教えは、阿弥陀如来によってお浄土に救われるというものですから、阿弥陀如来が本尊です。ですから、それを安置しているところが本堂です。ところが御影堂の方がかなり大きいのです。阿弥陀堂も重要文化財の指定を受けています。阿弥陀堂は1760(宝暦10)年完成、御影堂に遅れること百年余りになります。

 御影堂は親鸞の木像を安置するところですから、いわゆる開山堂になります。それではなぜ本堂より開山堂が大きいのか。普通から考えると本堂の方が大きいが、いろいろな意味合いがありこういう形になりました。一つには、本願寺というのは、親鸞が関東地方で布教した後、最終的に京都に帰ってきて、三条富小路という所で亡くなり、東山の鳥辺野で火葬にします。火葬にした後、鳥辺野の北の大谷という所に墓所を造ります。本願寺はこのお墓から始まったのです。

左右非対称の奇抜なデザインの国宝・飛雲閣(京都市下京区)

 特に、親鸞が関東地方で布教をしているときの弟子が、親鸞の姿を忘れたくないということで、親鸞の木像を造り、親鸞の墓所にお堂を建て、ここを影堂という形にして木像を安置したのです。本願寺はこのお堂を大きくしていくという形で発展しています。ですから、本願寺というのは親鸞のお墓に木像を安置するというふうに発展して、お寺になっていくのです。だから、親鸞の最初に安置したお姿の木像の場所を重要視しています。

 さらに、年に一度の非常に大きな法要である報恩講は、親鸞により開かれ、多くの人たちに広められた浄土真宗の教え、阿弥陀如来に救われるという教えを開いた親鸞に感謝するというものです。恩に報いるという形で、親鸞の命日(東本願寺は旧暦のまま11月28日、西本願寺は新暦に換算し1月16日)に、それをさかのぼり7日間、報恩講の行事を行います。

 現在、西本願寺では、全国に1千万人の信者がいるといわれています。寺の数で言うと、西本願寺が1万カ寺余り、東本願寺が9千カ寺余りです。もともとは、徳川家康のときに、11代顕如の長男である教如(きょうにょ)という人が本願寺から出て、東本願寺を造りました。東本願寺、西本願寺、合わせて2万カ寺あります。曹洞宗が現在1万数千カ寺あり、1本化されているので最大の寺院数を誇っているが、そういう意味では、浄土真宗は東西本願寺を合わせると2万カ寺はある。だから、本来は日本最大の教団になっていたということになるのです。

 もうすぐ親鸞の750回忌というのがあります。2011年に親鸞が亡くなって750年目にあたる法要が東西で大きく営まれる。そのときは、京都駅から近いということで全国からたくさんの人々が来られて、京都がより一層にぎわってくるとも思われます。

<京都検定クイズ>
(1)本願寺が現在の位置に移ったのはいつですか。
(2)御影堂に収められているものは何ですか。
(3)2011年に行われるのは親鸞の何回忌ですか。
答えは講演抄録の中にあります。

[京都新聞 2006年7月5日掲載]