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京都検定現地講習会

第5回 糺の森・賀茂御祖神社 賀茂御祖神社宮司 新木直人さん

 下鴨神社の正式名は賀茂御祖(かもみおや)神社。上賀茂神社の祭神、別雷命(わけいかずちのみこと)の母、玉依媛命(たまよりひめのみこと)とその父、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)を祀(まつ)る故の名称です。平安京以前からの大社で、造立の記録は、崇神、雄略、継体の世など、諸説ありますが、事実は不明。いずれにしても鴨族(かもぞく)が古代からこの辺りに住んでいたようです。

 鴨族の移動を記した『山城国風土記』によれば賀茂建角身命が神武天皇を大和へ導き、即位を助けたのち「岡田の鴨」(現相楽郡加茂町)から鴨川に沿って北上して落ち着いたのがこの辺りで、賀茂建角身命の移動は、そのまま鴨族の移動と考えられます。ちなみに、鴨族は賀茂、加茂、賀毛などと10以上の文字で表記されて、22の系統があるといわれていますが、最終的には賀茂朝臣(あそん)系と鴨県主(かものあがたぬし)系に集約され、当神社の氏人たちの先祖は賀茂朝臣と鴨県主、葛野主殿県主の系統です。この辺りは愛宕郡(おたぎこほり)蓼倉郷と出雲郷と呼ばれた一帯で、出雲の神、建速須佐乃男命(たけはやすさのおのみこと)が祀られていた地。鴨県主は出雲の神様と祖先を同じくする一族なのです。

 出雲郷とは、鴨川の西、上賀茂御薗橋辺りからずっと南の出町柳よりさらに南の一帯で、出雲路橋という地名がその名残を伝えています。下鴨神社にも出雲ゆかりの「出雲井於神社(いずもいのへのかみのやしろ)」があります。ここに祀られているのが、建速須佐乃男命。出雲にゆかり深い神様です。この神社の境内に木を植えると、どの木もヒイラギのように葉がギザギザになります。そのため、「比良木神社」の異名があり、「京の七不思議」の一つに数えられています。いまでもどんな木を植えても葉がヒイラギのようになります。

 下鴨神社と上賀茂神社の祭り「葵祭」は、飛鳥時代の欽明天皇の御代から行われていました。その原初の姿は、今の下鴨神社で「御蔭祭」と呼ばれている「御生(みあれ)神事」。葵祭に先立つ5月12日に上高野の御蔭神社から祭神の荒御魂(あらみたま)、つまり新しくお生まれになった神霊を本殿にお迎えする祭儀です。神霊櫃(しんれいひつ)に神の魂を移して山を下り、旧糺の森の神地でその櫃の霊を馬の背に移します。そして、糺の森の切芝と呼ばれる祭場で「東游(あずまあそび)」と呼ばれる典雅な舞楽を舞い、神をたたえる古式ゆかしい神事です。

平安京以前の歴史と文化を伝える糺の森(京都市左京区)

 応仁の乱後の文亀2(1502)年の4月19日以来、賀茂祭は中絶。御生神事もまた永正14(1517)年4月13日をもって途絶え、再興は元禄7(1694)年まで待たねばならなかったのです。この再興以来、御生神事は「御蔭山神事」とか「御蔭祭」と呼ばれるようになります。「御蔭祭」表記の初見は、江戸時代に刊行された『雍州府志(ようしゅうふし)』で、明治以降、政府によって「御蔭祭」との呼称が決められました。しかし、本来は、神様の魂が新しく生まれるという「御生」。その意義を忘れずにいたいものです。この「御生神事」の精神的な核が公祭化して「葵祭」へと発展していくことになります。

 平安遷都後は朝廷が管理する社となります。承和11年(844)には150万坪もの下鴨神社の除地(のぞきち)(免税地)が決められ、その範囲として東西は東山から船岡山、南北は荒神橋辺りから上賀茂の神山までの広大な一帯で、一乗寺の比良木神社も鴨族の祝部(はふりべ)が住んだ名残。出雲井於神社と同じ祭神です。

 下鴨神社には『鴨社古図(かもしゃこず)』という古い地図があります。平安時代の境内の様相が分かるもので、現物は京都国立博物館に収め、複製が当神社にあります。これを見ると、鳥居や社殿群の位置もほとんど現在と変わりがありませんが「斎院御所」や賀茂川の東の「神舘(かんだち)御所」など現代ないものがあり、あるいは地図にある東の塔が今はないなど、明治期の「上知令」(あげちれい)の影響も見えてきます。この古図を元に「奈良の小川」や「瀬見の小川」といった平安期の流路を探し当て、糺の森に再現したことは、神を森に祀り、その森を水で潤し、神と自然と人の共生の姿を再認する意味でも大変意義深いことであったと思っています。

<京都検定クイズ>
(1)鴨族の「かも」の別の漢字表記を2つ書きなさい。
(2)「葵祭」はいつの時代に始まりましたか。
(3)平安時代の境内の様子が分かる地図は何と呼ばれていますか。
答えは講演抄録の中にあります。

[京都新聞 2006年11月26日掲載]