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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

独自文化生んだ「洛中の傲慢」

周辺への抑圧 都心離れ生む

国際日本文化研究センター教授・井上章一さん

「改修して壁を取り除いた町家は、耐震構造上弱い。合法とはいえ物騒な物件が京都に増えています」と話す井上さん(京都市西京区・国際日本文化研究センター)

 「洛中の増長と傲慢(ごうまん)、思い上がり」。京都・嵯峨野に育ち、宇治に住む国際日本文化研究センターの井上章一教授(51)は、京の中心部「洛中」の人々に対して手厳しい。「傲慢さは皇居からの距離で家の格付けが決まった名残り」とする一方で、「街中の人々の周辺に対する抑圧が、京都独特の文化と都市構造を生む力になった」と話す。


 僕は京都の嵯峨野で育ち、高校に入学して初めて街中の子と遭遇した。そこで中京や下京の人たちがどれだけ洛外をさげすみ、見下し、おごり高ぶっているか、しみじみ実感しました。友人の家に初めて行き、「嵐山から通っている」と言うとそのお母さんにこう言われたんです。「いや懐かしい。昔、あの辺のお百姓さんが肥を汲(く)みにきてくれはった」。初対面の息子の友達に平然と言ってのけるのが京都の街中の人です。

 皇居からの距離によって、自分の家の格やランクが決まるという文化地理学な要素によるんだと思います。階級社会では、ブルジョアが労働者を見下すのは普通。でも京都では洛中の豊かでない人が、洛外の医者や弁護士を見下すことは十分ありえます。田舎者差別というのは民族や身分への差別に比べれば罪が軽いから、延命したといえます。全国津々浦々にあるルーツであり、最も色濃いのが京都でしょう。

 <京都は町家が造る街並みが残り、伝統産業ほか、芸能、学術など多くの分野で文化の高さを誇る。井上さんは「洛中の傲慢」が「京都らしさ」を生む原動力の一つになったとみる。>

 明治時代初期に大阪の富豪は芦屋など阪神間に移り住んだ。豊かな階層が郊外に行き、労働者が都心に残る。それは典型的な近代欧州の都市が発達する様と同じです。だが京都は洛中の磁力がグローバルな都市住民の展開を食い止めたのだと思う。「自分がさげすんできた洛外に住む」という恐怖感が商人を街のまん中にとどめたのではないでしょうか。

 京都は千年の都。我慢する都会人の生活のありようは、陰口を発達させ、屈折の強いイケズを生んだ。例えば電車で騒ぐ子供の母親に「まあ元気なおぼっちゃんやこと」。お互いに角を立てないような生活上の知恵だとも思いますけどね。ところで京都人論でよく引き合いに出される「ぶぶづけでも、どうどすか」は、イケズな部類に入らない。「自分の家にはお茶漬けくらいしか用意するものがありません。十分な接待はできませんから」という客への配慮が慣用句になったと考えられます。

 周辺の人々に対するさまざまな抑圧は、文化的な高さを支えたと思います。かつて工業都市だった京都には、他府県から多くの職人が来るわけです。そうした人々に「田舎者」とさげすむ西陣のだんなのような人たちへの反発が、京都の文化水準を保たせた側面はあるでしょう。

 <京都市中心部では繊維不況による業者の倒産が続き、跡地に次々とマンションが建設された。民間の調査によると、2000年から5年間でマンション販売戸数は、中京区が3830戸、下京区で3500戸にのぼるという。>

 街中に「よそもん」の入る機会が増え、洛中の傲慢さは薄れていくでしょう。いいか悪いかはともかく、かつて京都に栄えてきた文化は下火になるしかない。だがそれが悪いのか。明治初期の府議会の議事録に「京都は奈良のようになる」とあります。奈良には非常に失礼ですが、でもその暮らしに不幸なことは何もない。無理に背伸びするより、あんばいよく奈良のようになる方が精神衛生上もいい。

 ただ京都は今のところ全国的に標準化した都市になりそうにない。外からの期待に応え、エキゾチックな京都を増幅する動きがあるからです。本当に伝統的な町家に暮らしたい人は激減している。でも町家の雰囲気を味わいたい人は増えているから、中身を活用するためにリフォームされて維持される。「活用せな損や」くらいの判断です。だから京都文化が再びよみがえったと考えてはいけない。捨てられ出しているのです。

いのうえ・しょういち 1955年京都市生まれ。京都大大学院修了。専門は建築史、風俗史。国際日本文化センター助教授を経て2002年から現職。「南蛮幻想」で芸術選奨文部大臣賞を受賞。著書に「関西人の正体」「アダルト・ピアノ」など。

[京都新聞 2006年4月18日掲載]