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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

影への想像力が支える魅力

華やかさより闇の発掘を

国際日本文化研究センター教授・小松和彦さん

「魔物や妖怪たちを追うのは生身の人間の鏡と思うから」と話す小松さん(京都市西京区・国際日本文化研究センター)

 魔界や異界、妖怪というユニークな研究を通じて、現代人が失いつつある豊かな精神文化の掘り起こしを進める小松和彦・国際日本文化研究センター教授(59)は「京都人はかつて闇や影を自ら抱え込むことで、奥行きある文化を生み出した」と話す。その上で「京都はきれいで華やかという今の演出は限界にきている」と指摘、「新たな資源を発掘し奥行きを見せることが必要」と訴える。

 8年前に京都に来て周辺部を歩き始めると、今までとは違う京都が見えてきた。昔の人は、影の部分に対する想像力がすごく豊かで、聖地や魔界というものを社寺との結び付きで作り出し、大事にしていたんです。

 例えば愛宕山。よく雷が落ちて山火事になり、逆に山に雲がかかると雨が降る。火を出し、防ぐ。そこに神と異界への入り口を見ました。

 日本の社寺はよく二重構造になっています。表には柔和な神様や仏様がいて、一般の参詣者に顔を見せている。が、裏側には封じ込められている神仏がいる。典型的なのは鞍馬の魔王尊や伏見の稲荷山。そのお稲荷さんは農業神だったのに今は商売繁盛で有名。交通安全も請け負ったりして、日本人のいいかげんさがよく出ている。この開き直りがいいですね。

 魔界や異界の数は、社寺の数に比例し、それが奥行きを生むと思います。京都には膨大な社寺がある。未発見の国宝級の文化財があったり、わたしが興味を持つ妖怪絵巻のたぐいも秘匿されているかもしれない。奥がある。さらけだしていない。多くは観光社寺でなく、なぜ成り立つか分からないんですが、それも都の謎であり、魅力です。

 京町家の間口の狭さと細長さ。何重にも顔がありそうな京都人の社会性と社交性。裏は絶対に見せない。奥の奥には何があるのか分からない。そういう想像力に支えられた影の部分が、表の京都を作り出してきたのでしょう。本当は裏にも奥にも何もないかもしれないですけどね。

 <小松さんは「華やかで美しい京都」に対して、魔界や異界といったおどろおどろしい伝承や物語を発掘してきた。「魔界ブーム」の立役者である。>

 社寺関係者からはすっかり嫌われ者です。「ここは魔界ではありません」と、すごくきれいな京都を強調する。闇、影、暗部は隠蔽(いんぺい)したがる。確かに古都・京都の美しいイメージは江戸時代以降寂れゆく街を復興させました。でも「華やかな京都」は限界がきている。

 京都はこの百年、新しい知識と技術を取り入れ、歴史や文化を利用して新しい京都を作ってきた。でも、もっと「闇」という言葉で刺激されるような想像力を発掘し、磨きあげてほしい。中世の都人は聖地や異界の語りの装置として能を生み出した。現状にあぐらをかいては京都はやせ衰えていくばかり。影があってこそ光があるのです。

 <大江山鬼伝説や鞍馬天狗(てんぐ)伝説。古都にうごめくのは鬼か、蛇か。小松さんの著作には、京都に残るユニークで妖しい伝説が記される。>

 都は人の流入が多くいろんな地方の物語が入ってきた。伝承や噂(うわさ)、世間話を知識階級たる貴族が書き残し、その蓄積が室町時代に花開きました。都市の周りを暗い森が囲む地形もいい。歴史の記憶を残す建物や場所も多く、それに刺激されて物語が生まれた側面もある。

 千年の歴史は貴重で買えない。サッカーのワールドカップがあれば、京都の人は日本の必勝を願い、蹴鞠(けまり)の宗家の鎮守社がある白峯神社に参拝する。古さを新しさに対応させて変貌(へんぼう)させるんです。

 一方、古さを売り物にしつつ、隠れて新しかったりする。創業何年のお菓子も実は当初と今は違うかも。普通の小道具も由緒ある寺で50年も使われれば、いつの間にか千年前のモノになったり。はくをつけるのがうまい。京都にあるだけで怪しげな由緒や歴史を本当かもしれないと思わせるのも、歴史の奥行きという財産があるから。それは人間にもいえる。あそこのお嬢さんは何とかゆかりの…とか。奥さんやだんなさんにだまされている京都人は、多いかもしれませんね。

こまつ・かずひこ 1947年東京都生まれ。東京都立大大学院博士課程修了。大阪大教授を経て97年から現職。専門は民俗学、文化人類学。著書に「京都魔界案内」「悪霊論」「神隠しと日本人」など多数。

[京都新聞 2006年8月3日掲載]