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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

「元気ではない」都市がいい

今何をするか、問われる真価

「劇団とっても便利」代表・脚本家 大野裕之さん

「人も街も勢いがあるときは無理がきく。本当の真価は元気がなくなって問われるんです」と話す大野さん(京都市左京区の自宅)

 「非元気都市・京都」。チャプリン研究家で劇団主宰者の大野裕之さん(32)は、かつて京都市が打ち出したスローガンをもじり、政治・経済の中心地から文化・学術都市へと変ぼうをとげた古都の「元気ではない」ありようを評価する。高度成長、バブル経済を経て、往時の勢いをなくしつつある日本の中で「京都は、その価値を前面に打ち出すべき」と提言する。

 わたしはこの街が好きなんですよ。首都が東京になって100年以上たち、京都は街としては年老いています。それでいて、これほどのブランドを保つ街は世界にもそうない。かつては商業、工業都市だったのが、うまく文化・学術都市に変ぼうできたのですが、この変革はすごいと思います。

 かつて「元気都市・京都」というスローガンがありましたが、お年寄りが精力絶倫を喧伝(けんでん)するようで、嫌でした。京都は「元気じゃない都市」。だからいい。

 一昔前、大阪は「元気」でした。その象徴といえるWTCビルはいま採算が取れず、りんくうタウンは更地が目立つ。いまは名古屋が元気と言われています。万博もしました。だけど、元気になったのは東京の広告代理店とトヨタで、人間は全然元気じゃない。世界一の高さの駅ビルはあっても、そういうことは街の魅力に結び付いていかない。ロンドンやパリには、そもそも駅ビルというものがない。

 <チャプリン研究では国際的にも著名で、ロンドンによく訪れる大野さんは、英国の首都と京都との相似点があると指摘する。>

 英国は世界の覇者としては1930年代に終わりました。でも首都ロンドンに行くと、その街の多層さ、奥行きに驚かされる。57カ所の劇場がある一方、金融の中心地でもある。独特な街並みの中で、歩く人々の早さが思い思いなんです。建物本位ではない。人間一人一人が立っている街です。

 経済はともかく、京都もよく似ています。町家が並ぶ。その奥にすっとお庭がある。街の中を流れる鴨川が市民の憩いの場になっている。自然と文化、生活が隣り合わせにある。

 日本がバブルで沸き立っていたころ、英国の新聞には日本発の記事が載らない日はありませんでした。今、毎日掲載されるのは中国。日本が元気だった時代は終わった。元気はいつかなくなるんです。そして真価が問われる。落日を迎えつつある日本で「非元気都市・京都」の価値はますます高まるでしょう。

 苦言も呈したい。例えば河原町のアーケードは建物のよさを台無しにしている。京都タワーも、駅ビルもあまり街に似つかわしくない。

 何より京都は人をつなぎとめる力が落ちている。昔、日本の映画の半分は京都で撮っていた。でも今、監督や俳優が何人住んでいるのか。昨年、南座の顔見世で坂田藤十郎の襲名披露がありました。でも普段はどこにいるの? 人材は出て行く一方です。

 過去の栄光にはすがりついたらいい。だからこそ、今何をするかが問われている。「かつて出雲の阿国がいました」では通用しない。このままでは「京都には撮影所があった」「かつて南座で顔見世があった」なんてことになりかねない。

 <大野さんは「劇団とっても便利」団長としての顔も持つ。公演を通じて各地の気質も見えてくる、という。>

 東京の人はよく笑い、よく手をたたく。自分があまり面白くなくても周囲が笑っていたら笑う。ここで反応すれば、おれは劇のことが分かっている、と。横並びで、見えっ張りという屈折した気質です。大阪は笑いません。大阪は観客の方も「笑いはプロ」を自認しています。笑ったら負けや、みたいなところがある。

 「京都は難しい」という定評があります。演劇や古典芸能など、これだけいろいろやっていても、なかなか観客が入らない。ミーハーで通ぶる人も少ないですね。それは一つの見識かもしれない。でも見えっ張りでミーハーなのは、文化人への第一歩。もっとそうあってもいいですね。

おおの・ひろゆき 1974年大阪府生まれ。京都大大学院博士課程修了。95年にミュージカル集団「劇団とっても便利」を設立。チャプリン映画祭や英米のチャプリン関連映画を監修するなど、チャプリン研究家として国際的に活動する。

[京都新聞 2006年9月28日掲載]