メニュー
 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

「バブル」後の素顔に期待

発見を楽しみ 感性磨く場を

エッセイスト・歯科医 柏井壽さん

「50年いても京都はあきない。発見と驚きの連続です」と話す柏井さん(京都市北区・柏井医院)

 衰えを知らない「京都ブーム」。昨年12月に行われた嵯峨・嵐山一帯をライトアップする「花灯路」は、前年より30万人多い97万人が詰め掛けた。だが、京都に関する本の著述や編集に携わる柏井壽さん(54)は、このブームを「京都バブル」と言い、泡のように消える時がくるとみる。多様な仕掛けによって化粧した街を見せるより、ふだんの自然な街の中で「観光客に自分なりの京都の魅力を見つけてもらうことが大切」と考える。発見を楽しみ、感性を磨く場としての京都のあり方を提案する。

 京都観光は今がピークだと思う。観光客の伸びが急激で、年間5千万人を達成すれば、ちょっと一息って感じになる。嵐山の花灯路も一気に増えたことが異常。来た人が本当に嵐山を好きかどうかは別問題で、ライトアップした渡月橋を見ただけで嵐山に行ったと思ってしまうのが怖い。朝や昼も来て嵐山をちゃんと見たのか相当疑問です。

 京都は化粧を施しすぎている。明かりで照らすのが本当にいいのか。それが本来の姿だと観光客が感じるとつまらないし、非常に危うさを感じる。工夫を凝らしすぎると、逆に本当の姿が見えてこなくなる。素顔の、ふだんの京都をもっと見せるべきでしょう。「京都バブル」が弾けると、本当に京都が好きな人だけが残る。そこから先が肝心だと思います。

 <柏井さんは歯科医の傍ら、著作「京料理の迷宮」「京都の値段」などで、生まれ育った京都のありのままを伝えてきた。それは、今も尽きない発見と驚きが基になっている。>

 京都は普通のところがすごい。私の医院のそばに、古い大きな屋敷跡に建築中の5、6軒の住宅があります。その家々の東北にあたる鬼門に白砂が置かれ、ナンテンが植わっていた。今の時代にも鬼門を大事にし、「難を転じる」ナンテンです。京都にはこんな風習を守る力が自然に備わっている。驚きました。

 秋に紫明通(北区)を歩くと、黄色いイチョウが実に美しい。抜けるような青空とイチョウのコントラストはモミジの紅葉よりもきれい。そこで考えるんです。「万葉集」に「黄葉」の語があるが、もとは京都も黄色い葉がメーンだったのではないかと。ふつふつと疑問がわき、自分なりに調べると面白いです。

 このイチョウの木の下で、かっぽう着姿の料理人がギンナンを拾っていました。尋ねると、ここのギンナンは東の加茂街道の方から直接、日の光を浴びている。建物などさえぎる物がなく、日の当たり具合がいいため、ギンナンがふっくらしてちょうどおいしいころに落ちるというのです。

 何げない飲食店も奥深い。東山のある喫茶店でハヤシライスを食べたらとてもおいしかった。理由を若いマスターに聞くと、先々代からの決まりで、デミグラスソースを作るためにすじ肉を2週間も煮込むという。レストランではなく、喫茶店でほかにないですよ。

 <京都ブームの背景には、あふれる京都本の影響も大きい。が、柏井さんは、京都について事前に何も知らない方がいいと言う。不思議だと感じる心を大切に、自らその謎を解こうとする本当のファンを育てることが、息の長い観光を支えると。>

 京都は風土や歴史、先人の知恵などが相まって街全体が感性を磨く装置になっている。その装置を観光客に体感してもらう。テーマを決めるのもいい。今年の勅題は「月」だから、月に関係する場所はどこか。月を眺めるために造ったという桂離宮や銀閣寺を巡り、なぜ月を見るのか、当時の人が何を感じたかなどを自分なりに考える。月にちなむ菓子を探すのも楽しい。いろんな事がつながり、関心が広がる。

 今、興味を引かれるのは、変わらない物や動かない物。例えば庭。なぜ枯山水なのか、庭石の数はどのように決めたのか、石はどこから運んだのか…。庭と対話するんです。寺院や屋敷などにある門も魅力的です。こんな視点から、バブル崩壊後の本当にいいものが見えてくる気がします。

 自転車に乗ったり、歩いたりして自分なりの京都を再発見していく。京都人も知らないことはまだたくさんある。私たちがまず面白いと思ったことを、地味にじわじわと紹介すればいいのではないでしょうか。(終わり)

かしわい・ひさし 1952年京都市生まれ。大阪歯科大卒業。北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅紀行のエッセーなどを多く執筆。近著に「極みの京都」がある。

[京都新聞 2006年1月26日掲載]