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千枚漬とすぐき漬け

かんなで聖護院かぶを薄切りする音が響く。千枚漬の漬け込みは来春まで続く(伏見区)

 京の三大漬物といえば千枚漬、すぐき漬け、しば漬け。中でも、千枚漬とすぐき漬けは冬の京の味覚を代表する。材料の聖護院かぶとスグキは冷え込むと、自己防衛本能で糖度をためこんで甘さが増し、一層おいしくなるという。贈答品として珍重される点は共通しているが、この2つの漬物は、味や見た目、漬け方、成り立ちは全く異なる。繊細でみやびな千枚漬、質実剛健のすぐき漬け。対照的な魅力が京の冬の食のシーンを豊かに演出する。

 真ん丸い形、寸分たがわぬ薄切り、透き通るような白い色。千枚漬は美しい。漬物本来の力強さとは対極にある。「繊細、はんなりという言葉がぴったりで、京の美的感覚を体現していると思います。京都という趣ある街やからできたお漬物でしょう」。大手メーカー「大安」(京都市左京区)の宣伝広報課長・西田久士さんは、千枚漬の特長をこう説明した。

 今、漬け込みのピークを迎えている。同社は主に丹波地方の聖護院かぶを使う。丸々とした聖護院かぶの皮をむいて、特製かんなでスライスする。厚さ2・6ミリ、1個から22−25枚とれる。薄切りした聖護院かぶは、トランプを広げるようにきれいに並べ、たるの中におさめていく。

野菜の刺し身

 まずは塩だけで3日間下漬けする。その後、昆布、酢、みりんを加えて本漬け。計6日間で漬けあがる。千枚漬は浅漬けであり、熟成発酵させるまでは漬け込まない。聖護院かぶの持つ甘み、滑らかな食感を生かし、昆布のうまみを絡ませるように仕上げる。漬物というより、たるの中でつくる料理といえ、おかずの一品に十分なりうる。

 「千枚漬は『野菜の刺し身』。新鮮なうちに早く食べてください」と西田さん。初めて食する人は、ヌメヌメした感触に戸惑う。だが、それはうまみであり、決して洗ってはいけない。4−6等分に切って、そのまま食べるのが基本。しょうゆをかける場合は、ほんの少しだけにしよう。

 千枚漬は別の食材との相性もいい。千枚漬が吸い込んだうまみ成分が、互いをひきたてる。サンドイッチに、レタスの代わりにハムと一緒にはさむと和風の味になる。スモークサーモンと合わせるのもお勧めとか。

 見場美しく高級感あふれる千枚漬は、お歳暮にも喜ばれる。京漬物は自宅用から始まり、その後、付加価値をより高めて贈答品や観光客の土産へ広がった。千枚漬は、その代表格といえる。

 マジックピクルス(魔法の漬物)。すぐき漬けは今夏、テレビでこうもてはやされた。すぐき漬けに含まれている乳酸菌の一種「ラブレ菌」が注目を集めた。ラブレ菌は、ウイルスやがん細胞の活動を抑えるインターフェロンの生産を高める。10数年前、京都パストゥール研究所(現在はルイ・パストゥール医学研究センター)の故岸田綱太郎さんらが発見した。

スグキの漬け込みはこれからが本番。上賀茂の農家は収穫に忙しい(北区)

 「食べ物は社会的有用性がないと続かない。昔の人は科学的根拠は分からないが、おいしくて体にいいから食べ続けられてきたはず」。すぐき漬けの産地の上賀茂で、300年以上もの間、製造を続ける老舗「なり田」(京都市北区)の代表・成田善紀さんは、言葉に力を込めた。

保存食の王道

 スグキは繊維が強く、漬物以外にはほとんど使えない。まさに、漬物になるべくして生まれた野菜。室町か桃山時代に栽培が始まり、冬収穫して長持ちさせるため漬物になった。現在のように室へ入れて発酵を促す手段がなかったころは、冬に漬け込んだスグキは5月の葵祭のころに食べ始め、”夏の日の珍味“と呼ばれたという。漬物が新鮮な野菜を長持ちさせる保存食という点では、すぐき漬けは王道を歩んできた。

 今、成田さんが力を入れているのは、新しい食べ方の提案。漬物の固定観念を外れ、料理の食材の一つに活用してほしいと考える。細かくしたすぐき漬けをドレッシングではバジル、タルタルソースではピクルスの代わりに使う。ブリとサイコロ状にしたものを炊き込むと、ぶり大根とは違う食感が楽しめる。「すぐき漬けは自分のアイデンティティーを主張する」(成田さん)から、どんな食材と一緒になっても負けない。

 仏国で日本食物産展が開かれた際、すぐき漬けは一番人気だったという。チーズに象徴される発酵文化にマッチしたわけだ。世界の人々へ、すぐき漬け、ひいては京漬物を伝えたい。夢は大きく広がっていく。

[京都新聞 2006年11月27日掲載]