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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

配慮する心

市井人の文化 主役に

教育コンサルタント・菓子田圭子氏

にぎわう錦市場。客と店主の心の通ったやりとりも市井文化の要素だ

 京都の魅力は短時間に語り尽くせるものではないが、町を歩いていてふと出会う市井の文化遺産に心奪われる。たとえば京都人がはぐくんできた季節ごとの衣、食、住。そして町衆の心意気。数々の権力争いに巻き込まれてきた京都人は、生き抜くために本音をあからさまにせず、相手の気持ちを思いやる処世術で、言葉や文化に磨きをかけてきた。

 いま、企業、経済団体や大学を対象に人材育成の仕事をしている。内容は新入社員研修から一般社員のビジネスマナー、接客術、話し方指導まで幅広い。そこで実感するのは、京都人が培ってきた「配慮」の文化が、さまざまな現代ビジネス社会に生きていることである。この文化をさらに発展させることで、京都は全国に範を垂れるような飛躍ができるのではないか。

 京料理を例にとれば、料理人の腕が大切なのは当然だが、お客との間に立つ女将(おかみ)や仲居さんの存在も大きい。その核をなすものは「配慮する心」である。私たちが紹介するいろいろなビジネスマナーも、実はさまざまな局面における「配慮」を形にしたものといっていい。

 ただし、その「配慮」は決して空虚なものではない。力が要る。いかに他人の心にはっきり響く表現ができるかという人間力が要るのだ。教育コンサルタントの仕事は、一人ひとりの持つ「人間力」を引き出すことだと解釈している。

 若いころ、京都の劇団「おさだ塾」に入り、多くを学ばせてもらった。劇団の当たり狂言「町かどの藝能」は、観客が完全参加する野外劇。江戸時代の京の芸商人に成りきった俳優がお客に対してナマのやりとりで芸を展開する。「玉すだれ」で金魚を作り金魚売りの売り声を口上に入れると、観客から「その金魚買うた!」と合いの手がかかる。「おおきに」と受けて唄口上に戻る。観客と心が通う一瞬だ。

 芸商人のけいこをしながら電話番をしていた時、公演の問い合わせに「はい、○○でござります」と答えてしまった。「さすが、電話の応対も江戸時代ですね」と感激され、赤面した思い出がある。お客とじかに接することで、濃密な感情が生まれる。

 京言葉の使い方は難しいが、その根底に流れるのは、やはり相手を配慮する心だと痛感する。「おはようさん」「おつかれさん」と、あいさつにまで「お」や「さん」をつける丁寧さで相手を思いやる。あけすけにものを言わない奥ゆかしさ。現代社会が置き忘れた心の繊細さがすみずみに行きわたっている。

 市井文化を主役に、京都人一人ひとりが発信者となって持ち前の「配慮」を発揮すれば、規制を強化せずして路上駐車や景観のルール違反なども少なくなるはずだ。到来ものの個人主義を追うのはやめて、知らない人にもあいさつを交わせる「人間力」を伝えたい。京都に住む私たちが文化の担い手なのだから。

かしだ・けいこ 大阪市生まれ。演劇塾長田学舎(おさだ塾)に入り俳優活動。86年退団、フリーアナウンサーに。92年教育コンサルタント業に転じ、現在(株)ウィズネスのチーフ講師。行政や企業を対象に人材育成、社会人マナー教育に携わる。京都市在住。

[京都新聞 2006年4月25日掲載]