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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

変化と不変

新旧のバランス感覚を

立命館大教授 佐藤典司氏

花街の風情を色濃く残す花見小路周辺の家並み。京都の何を守り、何を変えるかは難しい(京都市東山区)

  人間という生き物は、本当にわがままである。私は大学でデザインマネジメントなる科目を教えているのだが、つくづくそう思う(デザインマネジメントとは、デザインの要素を使ってビジネスや地域の発展を図っていく経営学の一種)。

 デザインマネジメントの基本はいくつかあるが、その中に、デザインの累積化、そして、デザインの最新化というものがある。累積化とは、簡単にいえば、いったん始めたことはとことん続けなさいという意味である。人々はモノの作り手や、売り手が考えているほど記憶力がよくなく、繰り返し伝えないと、うまくいかない。また、人々の側からいえば、いつまでも変わらないものを「心の中の定番」として求め続ける癖がある、ということでもある。たとえば、コカ・コーラのペットボトルの形は、腰のあたりがくびれたあの昔なつかしいビンコーラのデザインをつねに踏襲しているし、ある長崎のカステラ屋さんは、もう何十年も「カステラ一番、電話は二番…」と、しつこく言い続けている。

 京の町が全国の人々をひきつけて止まないのも、1200年を超えてなお、当時とあまり変わらない社寺仏閣や自然を残し続けているからである。もちろん、1000年以上も生き続ける人はいないが、日本人のDNAの中にそれらを愛し、慈しむココロがきちんと受け継がれているからだろう。

 だからこそ、私たちは京都の町、文化、風物、自然、伝統産品などを、これからも営々として守り続け、人々の期待にこたえなければならないのである。つまり、京都は変わってはいけない、ということだ。

 とはいえ、冒頭に書いたように、人間はわがままで、一筋縄ではいかない。あまり同じものばかりだと、やがて「飽きられて」しまうのだ。男性の目から見れば、ほとんど同じように見えるバッグやアクセサリーも、繊細な女性の感性にかなうように、つねに新しいデザイン要素が組み入れられている(これがデザインの最新化の手法である)。たとえば、著名なアーティストにブランドマークをファッショナブルに演出させてみたり、突然、サクランボの柄をあしらってみたりする。

 別の海外ファッションブランドの日本支社をたずねた時のことだが、そこのマーケティング担当者は「当店は、老舗という言葉をもっとも嫌います」と語った。そこのオーナーの言う「老舗」の語義には、進歩や創造という意味が含まれていないらしかった。「新たな創造のない『老舗』は、死を意味するからです」という、担当者のきっぱりとした発言に意外な思いをした記憶がある。

 だから、と短絡的に言うつもりはないが、やはり、京都も変わらなければいけない、のである。4500万人の観光客の一部の人たちは、あるいは一人一人の観光客の心の中をのぞいて見れば、すでに「そろそろ京都にも飽きてきたなあ」という部分がまったくなし、とも言えないだろう。

 どこを新しく、どこを守り続けるべきか、とてもひと言でいい表せないが、そこらあたりの微妙なバランス感覚を欠いては、さすがの京都ブランドも生き残れない、という点こそを言いたい。

さとう・のりじ 1955年山口県生まれ。早稲田大政経学部卒。電通に入社、ソフト化経済センター出向などを経て退社、現職に。専門はデザインマネジメント、近年は情報価値マネジメント。著書に「デザインの経済学」ほか。

[京都新聞 2006年5月23日掲載]