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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

地名の重要性

大切な文化の命綱

京都地名研究会会長 吉田金彦氏

観光資源の豊かな京都だが、王宮史跡への保護と関心は十分か(京都市上京区、京都御苑)

 京都の観光に休日はない。観光資源としての神社仏閣は多く、説話、歴史や自然景物は無数にある。豊かな観光資源によって年間4700万人(府は7千万人)もの観光客を吸引している道理である。

 ちょっとかすみがちなのは、王宮史跡への関心である。平安京の前にあった長岡京や、その前の恭仁京になると宣伝も少ない。しかし、この3つの都は京都にとって、実は貴重な存在である。平安京ですら、私たちがどれほど人に説明できるかと問われれば、少々後ろめたいのではないか。

 神社仏閣を見るだけの観光の時代は済んだ。今はそれだけでは満足しない。宮処のあった「街」を見たいのだ。しかし、その期待にこたえる景観が果たして京都に保存されているだろうか。松江や金沢など全国50以上の市町が「小京都」を名乗っている。地方からすれば「大京都」はどんなにすばらしいかと期待するだろう。が、京都に来て町並みの乱雑さに失望しているのではないか。平安京らしさはあまり見つけられない。古い町家などは点在していても、線や面にはなっていないから、どこを歩けばよいのか。昔の平安京がしのべる町並みはどこにもないし、計画も聞かない。

 しかし、やる気になれば今からでもできる。場所を特定し、時代などを定め、いくつかのモデル街の復元的都市計画を実践するのである。全京都でなくとも、洛中に該当する学区だけ規制することもできる。最近、御池・五条間のいわゆる「田の字」地区の高さ規制見直しが明らかになった。国家戦略としての京都創生事業や景観づくりも動いているが、打ち上げ花火的な美辞麗句では成功しない。

 現に、その田の字地区に住む筆者のところへも他都市からの業者が来て「土地を有効利用しませんか」とのうたい文句でビル建て替えを誘ってくる。行政はもっと町家防衛のために本腰を入れないと、誇り高い歴史都市の景観は守れない。

 いま京都が直面しているのは、観光学的研究の確立である。世界的な文化遺産としての京都であるために、調査研究を掘り下げ、市民の理解を得て、その力をいかに組織化するかが求められる。そして京都観光学の基本にあるのが京都の地名学である。平安京は消えても地名は残る。地名を調査すれば、平安京がわかるし、21世紀の平安京を創生できる。

 京都地名研究会は、府内すべての地名について調査研究しているが、最近は埋蔵文化財研究所などの協力を得て、正確な京都歴史の復元をも目指している。資料的裏付けによる歴史認識が、京都観光の支柱にもなる。

 地名は、観光を含めすべての文化現象の基にある。文化のライフラインと言ってもいい。しかし、現実の地名への認識は低く、それは今回、平成の大合併によってさらけだされた。多くの新市町名は実に安易で、負の歴史を刻んだに等しい。

 地名には、政治上の要求による人為地名と、住民が付けた自然地名がある。平安京にも両方の地名が混在する。それらを正確に把握することで歴史は開かれる。本物の観光を導くためやるべきことは多いが、地名学も分担すべき責任は重い。

よしだ・かねひこ 1923年香川県生まれ。京都大卒。大阪外大教授、姫路獨協大教授を経て現在姫路獨協大名誉教授。日本語語源研究所を私設。京都地名研究会会長。著書に「京都滋賀 古代地名を歩く」「埋もれた万葉の地名」など。

[京都新聞 2006年7月4日掲載]