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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

伝統と革新

観光客に禅体験企画

妙心寺塔頭退蔵院副住職・松山大耕氏

禅の精神をたたえ四季折々の表情を見せる退蔵院・余香苑(京都市右京区花園)

 国際観光都市京都の活性化については、いつも何を革新するのかが問われる。しかし、どんな革新にせよ、その土台となる伝統が守られていてこそ可能なのではないか。そのことを、いま退蔵院で進めようとしている「ゼン・エクスペリエンス・ツアー」を例に取り上げ論じてみたい。

 私は禅寺の長男として生まれた。禅寺の本山は徹底して伝統と格式が重んじられ、特に妙心寺の気風は敷居が高く、規律も厳格である。当然ながら宗派の組織は秩序立ち、檀信徒の信頼関係も濃(こま)やかで、同時に枯淡を尊び、そのためかえって観光政策に力を入れることは少なかった。境内に象徴的に目につくのは「松」であり、常時緑が生い茂るため、禅の世界では永遠不滅を表している。色鮮やかに変化する紅葉を植えて観光客を引き寄せるしつらえはなかったのである。

 そんな妙心寺の環境に生まれ育った私が、なぜ観光、それも外国人専門の禅文化体験事業を手がけようとしているのか。日本はいま急速な少子高齢化が進行している。人口減少は国力減退を意味するが、この事態を打開するには海外との交流人口を増やすしかない。英国は、すでに王室文化を中心とした観光政策が奏効しているが、日本も固有の伝統文化をもっと海外にアピールすべきなのである。その点、禅寺が培ってきた伝統文化は、まさに他にまねのできない貴重な財産と言える。

 いま、日本の観光業において外国人誘致の機運は高まっている。問題はその中身だ。誘致のためのハードがそろっていても、ソフト面が貧弱なら外国人が来日しても本物の文化を楽しむことはできない。

 退蔵院で今夏から進める「ゼン・エクスペリエンス・ツアー」は、一言で言えば外国人観光客に禅体験を味わってもらうツアー企画。近くの宿坊・大心院に泊まり、朝のお勤めから座禅、お茶、書道、精進料理まで体験していただく。外国人が対象だからといって初心者向けにするのではなく、日本人がうらやむような禅の精神を感得できる中身にする。

 外部者に禅を体験してもらう際、どの程度オープンに、また寛容に紹介するかが課題となる。禅の生活規範はきわめて厳しく、たとえば、本堂に左右いずれの足から入るかすら定まっている。そのような厳格さを一般人に求めることは難しいが、禅寺が修行と信仰の場であることを見れば、どの程度まで許容するかは、おのずと答えが出てくるというものだ。

 いったん方向が決まれば、地域全体の盛り上がりにつなげることも不可能ではなかろう。一社寺の試みが周りのご用達、関連企業、交通機関に波及効果を広げることになれば理想的である。

 最近、寺院でのロックコンサートやファッションショーなどコラボレーションが目立つが、何も目新しいことが必要とは思わない。いかに脚色しライトで照らしたところで、そこの伝統文化に基づいたしつらえでなければ真の光を発することはできないであろう。

まつやま・だいこう 1978年京都市生まれ。東京大大学院農学生命科学研究科修了。農学修士。24歳で仏門に入り、06年12月から現職。サハラ砂漠やアラスカなど辺境を中心に30数カ国を旅行。今年から禅体験を外国人に紹介するツアーを企画している。

[京都新聞 2006年2月1日掲載]