赤信号で走った列車<3> 第一報
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カーブを曲がった。その時だ。木の生い茂った土手から、顔から血を流した男性が国道307号に転がり落ちてきた。 滋賀県坂田郡近江町宇賀野、会社員北村進さん(53)の乗用車は、妻や谷村秀美さん(42)らを乗せ、ちょうど国道307号を走っていた。世界陶芸祭が開かれている滋賀県立陶芸の森は、もう目の前だった。 「列車が転覆している!」。北村さんは民家に駆け込んだ。
北村さんの車を降りた谷村さんは、男性の頭の出血をタオルでおさえ、ネクタイやベルトをゆるめた。白カッターシャツに緑の腕章が目に入った。男性は「私はいいので、中(列車)をお願いします」と言った。 高原鉄道列車の臨時車掌に駆り出されていた信楽高原鉄道旅行センターの田原稲生さん(32)だった。 この時の様子を来日中の日系ブラジル三世で新聞記者の草野一海さんが撮影していた。「写真の右、確かに私です。左側の女性は看護婦さんと言っておられたように思いますが…」。谷村さんが、写真と田原さんの名前を知ったのは、今年の三月のことだ。 甲賀郡消防本部の救助隊員十二人は、現場から九キロ離れた野洲川河川敷で訓練に励んでいた。「信楽で列車事故」。無線機のがなり声にせかされ、オレンジ色の作業服のまま出動した。 信楽駅を高原鉄道列車が発車する直前に、列車が行き違う小野谷信号場に行くよう指示された高原鉄道の神山昇主任は、倉田富司施設主任と二人で白色軽トラックで信号場を目指していた。JR世界陶芸祭号と行き違いさせるポイントを切り替えるカギを手にしていた。 「脱線」から衝突! 難航する救助 時間との闘い 国道307号に出て間もなく、右手に列車の前部が盛り上がった高原鉄道の車両が目に飛び込んだ。 「列車が脱線している」。倉田主任は軽トラックの無線で信楽駅へ叫ぶように通報した。午前十時四十分ごろだった。線路に近づくと、車体の前が空に向け四五度の角度で折れ曲がったJR世界陶芸祭号があった。「衝突しとる! けが人もいる」。二報を入れた。 昼前に到着予定の近畿運輸局の係官に説明するため、信楽駅事務室の自席で、踏切など安全対策案を考えていた山本長生施設課長は「頭の中が真っ白になった」。 直後、事故の列車内は不思議なほど静かだった。 甲賀郡消防本部の上村光男さん(43)と堂山吉広さん(40)は、三階建てほどの高さに傾斜したJRの先頭車両の前部に入った。約五十人の乗客が車両の底に折り重なっていた。 乗客の手足が座席にはさまり、人の重みで引っぱり出せない。「早く助けて」。小さな声が、むこう側で何度も消えていった。「みなさん、体力も気力もすでになかったのだと思います」 車両は鉄板が厚く、切断は難しい。国道側と山側の窓にロープを張り、上から順に救出するしかなかった。救助作業は難航、時間との闘いだった。白いヘルメットがまたたく間に血で染まった。 高原鉄道の運転席から、淵本繁運転士=当時(51)=の遺体を収容し、救助作業を終えたのは、日付が変わった十五日午前零時を過ぎていた。 死者はJR三十人、高原鉄道十二人。重軽傷数は合わせて六百十四人。大惨事だった。 |