Kyoto Shimbun 1997.5.21 <リポート・信楽高原鉄道事故の真相>

赤信号で走った列車<7> 裏目

 無認可で変更工事 安全運転への要望きっかけ

 大惨事は、これから信楽駅を出発する上り列車の信号が「赤」だったことから始まった。なぜ「青」にならず「赤」になったのか。

 滋賀県警の調べで、信楽高原鉄道が無認可で信号システムの変更工事を行っていたことが明らかになった。この変更工事で、信号機の連動が当初より変わり、さらにJR亀山CTCセンター(三重県亀山市)の方向優先テコを操作する時期によっては、信楽駅の信号が「赤」になることが分かった。

 変更工事は、運転士の一人が、列車の運転をスムーズにするためにと、信号機の色の表示について要望したことがきっかけだった。

 「安全サイドの変更やから、やりたい」。世界陶芸祭の運用開始が約一カ月後に迫った九一年三月五日、信楽高原鉄道の運輸担当の中村裕昭業務課長から、山本長生施設課長はこう頼まれたという。山本課長は、近畿運輸局への認可申請をするまでに間に合わないと考え、反対したという。

 しかし、変更工事は、その三日後に行われた。新設された信号システムに対する指定検査機関の検査合格を受けた当日だった。

 「三月五日」から変更工事着手までの経過を供述や証言でたどると、次のようだった。

 五日に高原鉄道から信号システムの変更工事の要望を聞いた信号設備工事会社の部長は、機器の移設や材料を手配する時間的余裕がなく、信号装置メーカーに高原鉄道の要望を伝えた。

 メーカーの担当者は変更案の図面を作り二日後、高原鉄道に送った。翌日、図面が下請けや孫請け…と渡される過程で、工事関係者の間の連絡が不十分なまま工事が行われたという。

 変更工事を知った信号設備工事会社の部長は「びっくりして、何でやったんだと(工事関係者を)叱った」と証言している。

 図面を作ったメーカー担当者は「あくまで案で、口頭でもいいから、近畿運輸局に即、申請すべき」と信号設備工事会社の部長に申し入れたという。

 結局、高原鉄道が「手続きをする」ということで、話がついたとされる。

 JRが設置した方向優先テコは、もともと貴生川発の下り列車が遅れた場合に、下り方向の走行を優先し、小野谷信号場の上り信号を赤にし続け、上り列車を信号場に停車させるだけだった。

信楽高原鉄道側の無認可工事で、信号
表示が一部変更された小野谷信号場の
下り場内信号(滋賀県水口町牛飼)
 ところが、この変更工事で信号システムが一部変わった。方向優先テコを操作するタイミングによっては、下り方向の走行を優先する作用が小野谷信号場を超えて、信楽駅の信号機にまで及ぶようになったというわけだ。

 配線の変更工事をした業者は「手続きがとられていなかったことは事故後知った。元に戻せと指示されたら、二時間もあれば十分でした」と供述している。

 運転の安全の理由で行われた変更工事が、結果的に信楽駅の「赤」につながったとは、事故後の捜査で分かるまで、だれも知らなかった。

 高原鉄道は、近畿運輸局への認可も受けず、JR側に変更工事を知らせていなかった。だが、高原鉄道側は「JRの方向優先テコの設置を聞いていれば、あの時の『信楽駅の赤信号』の原因は分かったはず」と主張する。

 これに対し、JRは「方向優先テコの設置を伝えているし、(もともと付けることになっていた)貴生川駅の方向テコと機能は同じだ」と、双方の言い分がぶつかりあい裁判で争っている。

 JRは、近畿運輸局への届けをせずに方向優先テコを設置、高原鉄道も無認可で変更工事をしたとして、両鉄道会社と担当者が九三年、鉄道事業法違反で略式起訴され、罰金刑を受けている。


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