参拝の土産は磯の匂い

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海女さんが手にするのは、アラメの海中林で育った見事な伊勢エビ
 
 京都周辺に、現在も伊勢講が残っている。左京区岩倉の長谷地区では、月一回の伊勢講の集まりが続く。「二十歳前の若者が講をつくり伊勢参りした。最初は全員、後は代参。生涯の友人づくり、参拝仲間は一生の付き合いになった」

 今年七十五歳になる世話役の一人はこう語る。

 平安の頃から斎王が歩いたはるかなる伊勢は、江戸時代になれば成人前の若者にとって生涯の友との語らう旅路の果てだった。

 代参には、年末に京都を出発、大みそかに伊勢に着き、外宮に参って一泊、元日に内宮参拝して、京都へ戻った年越えもあった。

 何よりの土産は、伊勢の土産話、中でも「握りこぶしの大きさのサザエ、お頭つきのタイは潮の匂(にお)いがしてうまかった」。伊勢の食事はやや誇張気味に語られ、饅頭(まんじゅう)などの土産の中に磯の香りのするアラメが交じっていた。

 アラメはかつて関東のヒジキ、関西のアラメと並び称された伊勢特産の海藻である。最近はヒジキに押されがちだ。

 毎年、七月二十日の海の日に、伊勢から潮風が京都へ届く。三重県あらめ協同組合の青年部のメンバーが京都駅で市民に「アラメを食べましょう」と呼び掛ける。

 アラメの食材としての歴史は古い。奈良時代の正倉院文書に登場、京都では精進料理の食材になり、一般家庭でも普及した。

 錦の塩干物の店でアラメを求めると、隅っこにあった。「お盆には昆布だしで煮込んで供え、ゆで汁を門口に流すと仏さんが帰らはるから、追いだしアラメともいいますのや」と、おばちゃん。八の日にアラメを食べる家もある。末広がりのめでたさから、よい芽が出るようにと、縁起を担ぐ。話はつきない。 「室町の話やけど、煮汁をまくと、けがれがなくなるというそうや」

 熱湯消毒の教えになるのだろうか。縁起とけがれを浄(きよ)めるアラメ。信仰めいていて、疫病蔓延(まんえん)の室町時代に、都で広まった伊勢の神の病に対する霊験を連想させる。

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網からエビを取り出すのが手間
 
 志摩ヘ行くと海藻文化の香りが一層強くなる。「アラメは食材だけでなく、海の林にあたる。水深五メートルから十メートルの岩場に生育する。葉はヤツデ状。このアラメをサザエ、アワビが食べて成長する」。鳥羽市にある「海の博物館」学芸員の平賀大蔵さん(46)は海の恵みの源を説明する。伊勢エビは貝を求め、エビを追うタコがアラメ海中林に集まっている。海岸からわずか二百メートルの岩場がアラメの海中林だ。

 その海の林で伊勢エビ漁が今月、解禁になった。JR、近鉄の鳥羽駅から車で四十分の鳥羽市国崎(くさき)地区の朝は伊勢エビ漁で明ける。

 伊勢神宮の神戸(かんべ)=御料地=の国崎はアワビ、伊勢エビの産地で知られ、志摩の海でも、国崎ブランドの名前がつく。地元の漁師世古一義さん(49)は、黒潮の影響と伊勢湾に流れ込む川の水と海水が混じり、伊勢湾を回遊する立地をあげる。

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伊勢エビ漁は夜明けとともに、網を引き揚げる(国崎沖)
 
 「黒潮がまともに流れ込む尾鷲あたりに比べて国崎の海は塩分が薄い。それに潮の早さ。ここは、磯近くが漁場」の言葉通り、午後三時の網入れは海岸から百メートルも離れていない磯ヘ、各漁船が一斉に飛び出していく。手漕ぎでも行ける距離だ。伊勢エビは夜、岩礁でエサを探す道があり、ここへ網を入れる。

 網の引き揚げは翌朝午前六時、志摩の海に朝日がのぼる頃、漁は最盛期を迎える。アラメがついている。サザエも、イシダイもかかる。伊勢エビが好物のタコも網にしがみつく。

 「タコはきれいに伊勢エビの中身を吸い取るように食べる。アラメの海で一番おいしいものを食べているのはタコ。ここらのタコは明石よりもうまいはずだ」と、世古さんは笑った。「伊勢エビの水揚げは安定している。出荷先?。名古屋はええもんを食べんというか、向こうは伊勢エビとはいわんで、志摩エビ。伊勢を通る、通らないで名が違う。正月にかけて京、大阪に行くのと違うか」

 伊勢エビは寒さと風に弱い。以前はコメ俵に似たわら袋で運んだ。生け簀(す)でなくても生きたまま、京都へ持ち込めた縁起のいい海の幸である。

(文=粟津征二郎) 


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■アラメの消費拡大願う

 アラメの消費地は関西が中心。中でも京都は歴史的にもつながりが深い。志摩では京都での消費拡大に期待をかける。

 京都駅で毎年、アラメの宣伝に来る志摩・阿児町の海藻加工業の向井睦さん(35)は「京都駅でアラメを配っているが、四十代の女性はもうアラメとヒジキの区別がつかないのに、ショックを受けた。カルシウムは牛乳の十二倍、鉄分も豊富。植物繊維はゴボウの六倍もある。江戸時代の文献では女性の病にいい、と伝わるが、成分を見ればなるほどと思う健康食品」と。アラメ漁最盛期の海の日(七月二十日)を「アラメの日」にした。伊勢志摩のアラメは年間四百トン。海女が刈り取り、天日干しで乾燥させる。干したアラメ=写真=は刻んで出荷する。

 山城地方では、茶摘みの頃、「お茶の葉の荒い芽がでるように」と、アラメを煮て食べたなどと伝わる。 アクセントも「メ」に力を入れる。志摩では単に「芽(め)」で通じる。輸入ヒジキに価格面で押され、今ではアラメの煮汁は、ヒジキを黒く際立たせる天然染料に使用したりする。

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