カビ付きにこだわる

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生節状態のカツオから骨抜き、修正して燻す
 カツオは赤道をはさんで北緯四〇度から南緯四〇度の海域を回遊する。すでに鹿児島では初カツオの水揚げが始まり、やがて四国、和歌山沖を北上、夏には三陸から北海道沖に達する。

 カツオ漁は豪快な一本釣り。死んだエサは食べないため、生き餌を用いて、釣り上げる。カツオはサバとともに、生きぐされのことばがあるように、冷凍技術のない時代は、近海で水揚げの大半はかつお節にして保存するしかなかった。

 冷凍技術の発達の結果、カツオ漁は冬の間、遠洋で、春からは近海と一年を通じて行われ、全国のカツオ船の九割が静岡県の焼津へ入港する。

 二月末の焼津港。宮城・石巻のカツオ船が入港していた。

 タラップから降りてくる乗り組み員をつかまえる。

 「南緯三七度から三八度、東経一六〇度から一七〇度のオーストラリアとニュージーランド近海で一本釣り。この船は日本一のカツオ船」

 寶榮丸は一ヵ月半ぶりに日本へ戻ってきた。

 「正月明けて出港。船主は宮城だが、船頭さんは三重の浜島、だから乗り組み員も三重が多い。以前は船主が人事もしていたが、いまは船頭(漁労長)に預けている。外国人が三十人乗り組みの船で十人。水揚げは四百トン、B1(質のいい冷凍、生食用)ものだから値もいい」

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水揚げ高日本一のカツオ船「寶榮丸」(宮城)が一カ月半の 漁を終えて焼津へ入港
 久しぶりの入港に声もはずむ。焼津には二日停泊、志摩へ向かい、自宅で一日休養をとって再び、四国でエサのイワシを仕込み、遠洋へ出港する。

 焼津魚市場によると、冷凍カツオでも一本釣りは生食、巻き網はかつお節用に大別される。水揚げの冷凍カツオは荒節といって、カビ付きでないかつお節と、半年以上かけてつくる本節の原料になる。

 焼津は明治期に焙乾(ばいかん)式のかつお節製造が伊豆から伝わり、京都でも焼津産の本枯れ節が人気を呼んだ。しかし、現在はうどん、ソバの出汁(だし)になる花かつおの削り節が製造の中心に代わった。

 「冷凍技術の進歩でかつお節にしなくても生食で出荷したほうが値もいい。需要の多い荒節はつくるが、本枯れは手間と時間がかかり、鹿児島でないと、もうつくっていない」

 焼津入港の冷凍カツオは、太平洋を南下、鹿児島まで運ばれる。

 土佐・薩摩提携の改良型

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カツオをさばく。ここから本枯れ節完成は半年後
 薩摩半島と大隅半島に挟まれた鹿児島湾。その湾の入江がつくる天然の港、山川は、かつて島津藩時代、南方貿易港で栄えた。ここに土佐から漁師が集団移住、黒潮流れる漁場でカツオ漁とかつお節づくりを始めた歴史は比較的新しい。

 「親の代には、もう山川へ移っていた。土佐の人間が薩摩で暮らす。地元と気質からして合わない。山川には、五島列島と土佐からの出稼ぎが住みついたから、漁師は三つの派に分かれた」

 土佐の流れを組む坂井良深さん、五十八歳。本枯れ節づくりの丁寧さでは定評がある。

 薩摩弁と土佐弁、土佐のいごっそうに対して薩摩隼人のお国柄、ことあるごとに対立した。

 「集まりでも、薩摩は焼酎、土佐は日本酒。うちの祖父らは、まずい焼酎なんか飲めるか、といっていた。宴会はいつも荒れた。やっと言葉の壁もない山川生まれが大きくなり、役所の指導で薩摩と土佐は合併してひとつの組合をつくった」

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 のどかな港町、鹿児島・山川町はかつて貿易港、今はかつお節日本一
 かつお節製造では全国の三分の一を誇り、枕崎と合わせると鹿児島が全国の大半を押さえている。特に、本枯れ節はもはや鹿児島でしか、つくっていないといってもいい。荒節製造が企業化した加工業者にとって、コスト的にもとっつきやすいが、坂井さんはカビつきの本枯れにこだわる。

 山川のかつお節製造の組合員名簿を見せてもらった。同じ名字が少ない都市型の名簿だ。

 「四十五軒のうち二十一軒が土佐からの出稼ぎ移住。一軒が焼津からきている。だから、カツオのさばき型も薩摩から土佐型がいまや主流になった」

 薩摩が土佐に席けんされたとの解釈には、当然、薩摩は抵抗する。

「薩摩と土佐の結婚のようなもので、薩摩型がなくなったわけではない。しいていうなら改良型、新薩摩とでもいうか、新しい型が普及した」

 薩摩と土佐提携のかつお節はカシで燻(いぶ)す煙が絶えない年間売り上げ百億円産業に成長した。しかし、薩摩の本枯れ節には、悲しい歌がある。その歌を聞きに枕崎へ急いだ。

(文=粟津征二郎) 


 ■山川名物、茶節は絶品

 茶節は市販していない山川名物。最初、コーヒーカップで運ばれてきたため、てっきり、コーヒーと思った。飲んだら、これがおいしいみそ汁。かつお節を削り、これにミソ、ネギを加えて熱湯をかけて食べる。即席ミソ汁といってしまうには惜しいほどの味がする。「疲れた時には、これに卵の黄身を落として食べる」。かつお節の浜料理だ。京風のすましもいいが、かつお節の風味を生かした茶節は、まさに絶品。

 「カツオが三キロ以上なら三枚におろして、四本のかつお節をとる。小さいと二本で、これはかたちが亀に似ているから亀節と呼ぶ」。 亀節は背と腹が一緒、本節は背と腹側が分かれ、男節と女節になる。

 「味はむろん、女節がいい。さばいてから二十日で荒節。形を整え、修正してカビ付け。この青カビが脂肪分解酵素を分泌、中性脂肪を分解して出汁の透明度を高める。カビ付けは一番、二番、三番と繰り返し、そのつど天日干しにする。仕上がりまで半年はみなくてはいけない」

 飴(あめ)色の光沢、たたくと澄んだ音がする。鈍い音のかつお節は、水分が多い。京都の料理屋では、さらに一年ぐらい寝かして使うが、二年たつと味が落ちる。

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