産地育てた女たちの行商

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春の午後の港も一休み

 カツオの町、枕崎で歌い継がれるこの歌。

 雑魚がものいうた
 樽んなかの雑魚が汐さえ
 かゆればオハラハー
 死なんというた

 枕崎のカツオ漁の漁場は南西諸島沿岸、エサは生きたキビナゴを使った。キビナゴを生きたまま運ぶには昼夜分かたない海水のくみ入れ、くみ出しをした。

 「シケで風待ちの時、港で汐替えはひっきりなしにした。キビナゴが死んだらカツオは釣れない。夜、眠気を払うため、歌った」のが汐替節である。

 カツオとともに生まれたこの歌を、もう歌えないほどの事件が明治二十八年、枕崎南百キロのあらばえ(荒南風)吹くカツオ漁場を見舞った。枕崎の海難史上最大の悲劇といわれる「黒島流れ」は、台風通過でカツオ船三十四隻が遭難、死者七百十三人にのぼった。識別不能の漂流する死体が黒島へ次々と流れついたことから、島で火葬、遺骨を分けた。

 黒島流れで地域の男たちの大半を一瞬に失った立神地区は家に妻と子供たちが残された。遺族の生活を支えたのがかつお節行商だった。

企業化せず親子でつくる

 枕崎出身の鹿児島県大阪事務所次長の下窪昌俊さん(55)は、まだ高校生の頃、通学の列車でダッテゴ(抱手篭)と呼ぶ竹カゴにかつお節を入れ、行商に出かけるおばさんの一行を覚えている。

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潮風写真骨抜き後、すり身を塗り込み形を整える。ていねいさが枕崎の売り物だ
 かつお節行商は県内から熊本、宮崎と県外ヘ広がって行く。父、夫、息子を亡くした薩摩の女が「かつお節は、いいやはんかな」の独特の売り声で販路を開拓した。山越えの泊まりがけで出かけた女たちの行商は、枕崎をかつお節の産地に育てた。

 枕崎が現在も、企業化しない親子でつくるかつお節製造が盛んな理由も、こんな行商の歴史を関係があるのだろう。

 枕崎の言葉はよそもんには、まずわからない。 「けんか越しの会話に聞こえるが、海の仕事、潮の流れの速さは、短く伝える言葉をつくった。敬語が少なく、くどくど説明のいらない、一言ですます口調は、海岸線の町に共通する」

 そんな環境の女たちがかつお節を売り歩くのは、大変だった。口べたというわけではない。無駄口たたかない暮らしから一転した行商は、そうでなくてもたくましい枕崎の女を強くした。働き手を失った女が一家の柱になっていらい、受け継がれている男まさりは、現代にも生きている。

 枕崎のカツオは桃の花とともにあがる。冷凍が主力になり、春節、秋節と呼んで区別したかつお節づくりの季節感が薄らぐが、町はカツオで活気づく。

 久保義行さん、六十四歳。かつお節づくりの名人の仲間入りした。かつお節の農林水産大臣賞を受賞。道路に面した店で親子四人がつくる。見ていても、ひとつひとつを丹念に仕上げていく。数はつくれない。

 骨抜きしたあとに、すり身を塗り、形を整える。

「かつお節はかたちと味」と久保さんは言い切る。

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錦のかつお節は削り節が大半
 かつてのかつお節の販売は、行商のバラ売りと、東京、名古屋、関西の卸し問屋での委託販売。問屋まかせの昔に比べて、産地入札も行われ、品質のいいかつお節を求める動きが顕著になっている。しかし、一方で、不景気から本枯れが売れないなげきも聞く。

 京都市下京区烏丸仏光寺東入ル、割烹「桜田」。主人の桜田五十鈴さんの本枯れ節へのこだわりは、徹底している。本枯れ節は女節でなく背中部分の男節を使う。 「しいていうなら好み。ごまかしはきかない。血合い抜きの節でも、前もって削り、半分以上削りとってから、一番出汁(だし)をとる」。

 修業先の招福楼では、亀節を使っていたが、自分の店を持ってからは本枯れ節になった。一本の姿節のうち、使うのは四分でしかなく、歩留まりは悪い。それに昆布との相性が良くないと、透明度が落ち、にごる。浅い腕ではわからなくても、これをもっと深い入れ物に注げばにごりが発見できる。あの凛とした清水のごとき透明感。どこまでも澄んでいなくてはいけない。かつお節を削らなくても見抜く目利きと、調理人の感性が、のぞけば怖くなるような奥の深い京食彩をつくってきた。

(文=粟津征二郎) 


 ■頭を使ったビンタ料理

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 枕崎はカツオ料理。日帰り漁で水揚げのカツオは新鮮そのもの。家庭料理の一つに「ビンタ」=写真=がある。ビンタとは頭のこと。カツオの頭を薄塩で軽く煮て食べる。カツオは捨てるところがない。かつお節にも用のない頭は手に入りやすかったことから、ひんぱんに食べた。家庭料理からもてなしになったのは戦後。戦時中、学校に赴任する先生の歓迎会にはビンタ料理を出したのがきっかけになり、ハレの席に欠かせなくなった。食べ方は薄塩のほかにミソ味も増えた。目の周りは栄養価が高く、子供たちの好物。というよりも大人たちが食べさせた。

 ビンタともう一つ、名物はチンコ。カツオの心臓で、名前から連想するように子供のモノの形、大きさが似ていることから付いた。フライ、煮込みとチンコ料理も、枕崎ならではの味。

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