ブリキの缶で担がれて

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延縄の針を飲み込んだハモ。絞めてから数時間後でも、目の輝きは鋭い。糸を つけて、京へ持ち込むのは、産地ブランドの証明
 京都では、相変わりませずというあいさつをする。変わらぬおつきあいをよろしくの意味である。それは互いの家の安定を示している。祭りになると、ハモとサバがこの交流を仲介してきた。

 浄妙山の骨屋町、生まれも育ちもここというおばあさんが質問に答える。

 「祇園さんはハモ寿司(ずし)、上のおうちはサバ寿司。昔ならそうでした。けどいまは、おこわを親せきの方が五月のお祭りに、うちは宵山にかまぼこを、相変わりませず、というて届けます。ハモは昔は安かったけど、近ごろは高級魚ですやろ、相変わりませずというわけには」

 サバとハモの交換は、双方向で行われてきた。

 五月の御霊神社大祭。上京区の室町筋を回った。構えの古い家には、玄関に祇園祭のチマキがかかっている。そのうちの一軒で、交換の話を持ち出した。

 「ここに嫁いできた当初(昭和二十六年ごろ)は、確かにサバ寿司をつくって届けて、改まったあいさつをしてましたな。この商売、浮き沈みがありますやろ、その家にその家の事情ができる。変わらぬ付き合いはむつかしいからこそ、みんな力を込めて、いうのだと、思っています」

 一方が届けなくなると、相手もやめる。長い習慣、付き合いに終止符が打たれる。仮に、一方のみが届けるなら、いやみになる。冷たいようで、相手の事情を察しての交換はごく一部で続いている。

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ハモの漁場、紀淡海峡の沼島付近
 サバとハモ。産地は若狭と淡路、京の魚の二大ブランドである。いずれも、漁獲の減少が続き、慣れ親しんだ味が口にはいらなくなっている。皮肉なことに、交通の発達による産地との距離が近くなればなるほど京都から遠ざかっていく。

 相変わりませず、に見られるサバとハモの交換の京の町と町、家と家の交流も薄らいでいく。京の中心部の空洞化と、この魚たちの減少は不思議な共通項を持っている。

 鉾町。祇園囃子が響く。見物で訪れた知らない町でも一歩踏み入れると、まるで自分の町のような雰囲気が漂う。ふだんの京の町にある取り澄ました緊張感がなく、どこの町も、おいでやす、となごやいでいる。

 室町筋の桟瓦(さんがわら)の屋根が昼間に比べて表情豊かに思うのも、人の出入りがあるからだろう。入り口での立ち話はことのほかはずみ、京都の人がこんなにあけっぴろげだったかと、見つめてしまった。新旧雑居が当たり前になってきた町に、仕出しのノレンが、通りへひらひらと、匂(にお)いとともに、京の味を送りだし、道ゆくものを招く。

 そこでハモだ。

 食欲においても、目と鼻、さらに指、耳の役割は大きい。出てきた落としの白さと梅肉の色の組み合わせは、鼻から酸味、目から色彩が飛び込み、いったん、頭へのぼって混じり合ったあと、舌を刺激する。

 店のおっちゃんが「ハモは淡路、チリメンハモいうて、花のように開く。ハモの身に包丁を入れると、シャッリと切れる。まるで繊維のちりめんみたいに見えるので付いた」と、解説すると、もう一度、舌が反応する。

 仮に口の中で骨と皮に舌が出合うなら、店の骨切りの技術とハモの質、つまり値段と関係がある。

 錦市場の直産ルート

 錦、午前七時。西から東へずいーと流して見れば、おもしろい。朝七時半、まだシャッターの降りたままの店もある。ハモに関係のある店をざっと、並べてみるだけでも、『近新東店』『鳥羽庄』『にしき』『まる伊』『丸弥太』と続く。「うちは担ぎ屋と市場もんが四と六の割合で仕込むが、祇園に卸すのが多い」

 担ぎ屋という言葉は、死語になりつつあるが、錦の産直ルートの担い手であった。「そうや、ブリキのカンカンを担いでな」と丸弥太のおばちゃんが腰に手をあて、貫録を示して話し込む。

 夏のハモは、産地の淡路から京都まで船と一番電車を乗り継いで、運ばれた。トラック便になって、まだ十五年足らずだ。明石、箕島の担ぎ屋が大半だった。古くは船で大阪へ、八軒屋(天神橋・天満橋の川岸)から上り船で伏見まで一日もしくは一晩かけて運んだ。

 姿形は悪くとも生命力あふれるハモ。夏でも鮮度は落ちない。生きハモをとる延(はえ)縄を考案、食材を運んできた淡路の港町と、独特の食彩を創(つく)りあげた京の町を「つの字のハモ」が結んできた。潮風有情の舞台は鴨川の水が流れ流れてたどりつく大阪湾のはるか南、紀淡海峡に浮かぶ小さな島に移る。

(1999.7.6 文=粟津征二郎 写真=白石京大) 

■浜絞めだと身も締まる

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浜絞めのハモは、つの字になって淡路から運ばれた(京都市中京区の堺萬)
 担ぎ屋さんの呼び名は、車の時代になっても残っている。ブリキ製の四角のカンカンの中で、ハモは長い体をひらがなの『つ』の字の型にならざるをえない。つの字のハモのいわれ、である。このつの字のハモがよいという信仰に似た話を聞く。

 ハモ料理の専門店で知られる中京区の堺萬は、いまも、神戸から車でハモを仕込む。錦あたりが、生け簀(す)の生きたハモを海水ごと運びこんでいるのに比べて、堺萬はいぜんとして浜絞め。

 絞めるとは、首のところを切り、血抜きして運ぶ方法。これだと、肉は生きたままの状態で保て、しかもハモの生きたままの肉はいかっていて固い。絞めて四、五時間ぐらいしたのが、おいしい。だから、堺萬は朝、浜絞めのハモを使う。

 生け簀で運ぶ時代は、つの字のハモを見ることは少ない。「つの字に曲げることで、締まりもよく、持ちもいい。刺激をあたえるのか、味もいい」と、堺萬の澤野輝彦さんは、こだわる理由を説明する。「韓国産のハモも質がよくなった。ただ微妙に違う。外洋のハモは皮が固い。料理していて、どんないい韓国産でも淡路のハモとは違いがわかる。わかるだけに、他のものを使えない」。しかし、淡路のハモの漁獲は激減、幻の産地ブランドに近づいている。

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