浜からの「頃合い」が生む

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サバの片身一本にごはん。ふきんで巻いてしめる頃合いがポイント
 京都の職人と話していると、頃(ころ)合いという表現をたびたび耳にする。魚に熱を加える時間、瞬間的でも長時間煮るのにも、頃合いを使う。力、量、大きさ、色まで頃合いは幅広い。調理の基準、料理をおいしく提供するための職人の舌の記憶と腕の鍛錬による決まり事といったほうがいい。

 十八里で塩と魚なじむ

 若狭ひとしおは、浜から京までの時間の頃合いが生んだ食彩である。

 水揚げのサバ、グジを背開き、塩して再び背中を合わせ元通りの姿で運んだのが若狭ひとしお。「京は遠ても十八里の道で塩と魚はなじみ、食べ頃になった」。

 若狭開きという浜しおのさばき方の考案、運搬、新鮮でなくても塩のなじんだ魚のおいしさの発見がなかったら、若狭ひとしおは京の食彩にならなかった。

 自他とも認める食通だった大谷光瑞(二十二代西本願寺門主)は、膨大な食の体験から若狭ひとしおをとりあげている。料理こそしなかったが東西の料理に精通、スコットランドのサバの良さなど素材から調理まで比較検証して京料理を綴(つづ)った。辻嘉一さんが座右の書にしていたことからも、食通ぶりがうかがえる。

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「京は遠ても十八里」。数あるサバの道でも歴史が古く、最短コースの遠敷(小浜市)−根平−針畑越えは、見上げる山の道
 西域を踏査した彼の行動を思いつきと見る研究者もいるが、食の文を読み、ち密に計画されたものである思いを強くする。

 ある日、光瑞は京都のサバ寿司の「いづう」へ、注文する。シンガポールへ出かけるので、二週間後に現地で食べられるサバ寿司がほしい。「いづう」は三十年前まで出前専門だった。早づくりと称して、日を置いて食べるサバ寿司づくりの技術を知らなければ、無理難題に近い。店の主人の腕を見込んでの注文には、光瑞なりの目算があった。

 「船では冷凍させていたが、その店主は妙技をふるい、十四日後に適切な味がでるような塩加減と圧力を加えていた。十四日たって味をそこなわないのは、至難の技術に属する」

 東京の鮨(すし)のうまさは認めても、食べる頃合いを計算した早づくりと称する技術は、東京ではまねのできない京の味として絶賛している。

 「いづう」の現当主の佐々木邦泰さんにこの話をしたところ、目を丸くした。 冷凍でも時間がたつと、サバは脂が腹に回り、酸化する。ごはんは、時間とともにしまり、やがてぼろぼろになる。「酢も浸透する時間を計算して加減、ごはんはふきんで締める頃合いをやわらかくしておくと、しまって食べ頃になるが、口ではいいにくい、数字でも表しにくい」。

 店、出前、おみやげのサバ寿司はつくってから客が食べるまでの時間が異なる。しかし、いつ、どこで食べても味は変わらないのが、家庭料理でないプロの技術、老舗(しにせ)の味だ。

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肉の厚いサバは激減している(東山区のいづう)
 「光瑞さんは、おそらくサバ寿司のおいしい食べ方を知ってはったんですやろな。日持ちのよいだけでない、サバ寿司をどうしたらおいしく食べられるか」

 料理人と、おいしいものにどん欲な京都人がつくりあげた京の食彩の一例になる。

 「いづう」は、膨大な量のサバを必要とする。若狭ひとしおものが、手にはいらなくなり、生サバを仕込み、店で塩するようになった。浜塩から店塩への切り替え、背開きでなく三枚におろして塩する。それぞれの家庭の味だったサバ寿司をだれもが食べておいしい出前の店で成功した老舗にとって大きな転機だった。

 この夏、能登から越前、若狭、丹後にかけての日本海でサバの漁獲減は無残なほどである。それも、サバ寿司用の大ぶりは、地元の魚屋でも並ばない。

 昭和十(一九三五)年の京都市中央市場の記録には、若狭、丹後、長崎、焼津の産地名が残るが、二十年後には長崎、福岡、山口が上位を占め福井は静岡の半分の入荷量に激変する。現在の総入荷量ランキングでは三十位にもはいらない。京の表の流通からは、姿を消した。

 淡路のハモがそうであるように、若狭ひとしおもまた、似た経過をたどっている。

 「いづう」は若狭から日本海のサバに範囲を広げ、水揚げ港を指定して買い取る。グジにしても本当の若狭ものは特定の料理屋にしか届かない。しかし、「若狭」の文字が京の食材から消えることはない。京都人のブランド好きもあるが、魚の良さと、人と道になじんだ頃合いの味は、若狭ひとしおの名前を残して、迷路に近い現代の流通の道で生き続けている。

(1999.9 文=粟津征二郎 写真=山本武人) 

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京の錦には「若狭」の文字は生きている
■大きさと味は一体

 京都は寸法にうるさい。どこの港の仲買人も口にする。淡路、明石で聞いた話は、小浜から但馬の津居山でもあてはまった。寸法がそろわないと、相手にされない。頃合いの大きさと、注文されても、それは大きさ指定と同じ意味になる。 大きさと味は一体、ひとつのものさしになっている。サバ寿司なら700gから750gが頃合いの寸法。

 作家の水上勉さんが「若狭・海の幸」で若狭カレイの寸法について書いている。小林秀雄に小浜の魚屋で吟味、送ったところ、礼状の中に「うまかった。それにあの寸法がまことにいい。若狭カレイはあの大きさがいいとわかった」。水上さんは、味にうるさい小林秀雄の礼状を読んで、あらためて自分の寸法のものさしに自信を持つ。若狭と京都の長いつきあいは、互いに、頃合いの関係を結んでいる。

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