京への道 津居山まで広がる

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円山川の河口の細長い漁港が京都に最も近くなった浜塩のグジ産地

 若狭の魚は大正六(一九一七)年から十年の国鉄小浜線延長で人、牛馬運搬から鉄道主力になり、小浜から舞鶴経由で京都へ向かった。丹後の魚まで集めた小浜を中心にしたサバの道は、大きく西寄りのコースをたどる。

 若狭ひとしおの塩のなじみも鉄路で、新しい頃合いの味をつくることになる。

 若狭ひとしおの魚は数多いが、錦で若狭といえばグジ(甘鯛)をさすほど京都で人気がある。錦通の鮮魚の店をのぞいて、グジのない店はまずない。光沢をたたえた美しさは群をぬいている。塩魚を刺し身で食べる。海沿いでは考えられない、京都独特のものだ。

 グジのひとしおの京都への道が若狭からさらに大きく西へ移動、山陰線の兵庫・但馬まで広がった。いまやひとしおグジの「若狭」は但馬まで含む。

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漁港では夕方からセリが始まる。釣り上げたばかりのグジは、鮮度も抜群。山本さんがひとしおを引き受ける
 城崎温泉の北、円山川河口の豊岡市・津居山漁港の夕方。セリが始まる。発泡スチロールに交じり、木のトロ箱が並ぶ。自転車やリヤカーで漁師が釣り上げたグジを運んでくる。イカや他の魚に比べてグジは別格。それも、うまいことはわかっても、食べない高級魚である。クジ釣りは昼間、一人乗りの船でする。丹後ではぼっこつりともいうが、漁場は沿岸のため夕方、水揚げされても鮮度は良く、セリで跳ねるグジもいる。

 グジに関して、若狭ひとしおは、いまや津居山へ移ったといっても過言ではないほど。長崎、萩、浜田とともに京の塩グジを抑えている。生なら身が柔らかすぎて、水っぽいが、塩すると肉がしまり、さらに味わいを増してくる。鮮魚よりも浜塩グジがはるかに高い。

 評価の高い津居山のグジは、延縄(はえなわ)、一本釣りのグジを、かつての若狭ひとしおで再現した新しい「若狭もの」である。セリの場に、必ず顔を見せる人がいる。山本永二さん、七十歳。津居山をひとしおグジの産地にした仲買人だ。一本釣りのグジは網のグジと異なり、色も鮮明で、痛みがない。山本さんは、担ぎから身を起こして、京都中央市場の扱いで京都市長から感謝状を受けるまでになった。

 若狭ひとしおを津居山へ持ってきて成功した。

 「京都へ津居山の魚を運ぶうち、若狭のグジが好まれることを知った。浜塩のことも以外だった。鮮魚よりも、ひとしおの値段が高い。それも倍近い差がある。浜の常識が京都では通じない。ひとしおを現地で研究して、津居山でやってみよう。若狭のまねであっても、魚は一本釣り、後は浜塩する技術だけ、やれんことはない。かかあと、二人で始めた」

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今では珍しくなったトロ箱でグジが並ぶ。光沢もさることながら目も輝く
 研究重ね高い信用得る

 古くからの浜塩の研究から始まる。京が求めているひとしおものをさぐり続けた。海水と同じ濃度の塩水、つまり立て塩の濃度と浸す時間が難題だった。長ければ、たちまち鮮度が落ち魚の色に出る。

 「京都で最高の状態にならないと、いけない」と、山本さんはグジを詰めて夜汽車にのった。まだSLの時代、津居山と京での塩のなじみの違いがわかるまで何度も通った。真夜中の夜行で朝、丹波口に着き、業者に売り込み、午後戻る。この繰り返しが何年、続いただろうか。若狭ブランドとの引き分けは負けに通じる。浜塩に続いて、船では、海水と氷を麻袋に入れ、そこへ釣ったグジを放すと、身がしまり、赤色を保つ。漁師との連携も津居山の名前を高めた。

 めっこわりという背開きは、いまも山本さんの仕事。固い頭を一気に切り開く。内蔵や血合を取り除いたら、ササラで骨の間までていねいに洗うが、水揚げされたばかりのグジなら少々こすっても、身は痛まない。ここが浜塩の強みになる。薄塩の氷水に入れ、三十分前後浸して、塩をする。身側の尾から頭へかけて塩をぬる。なでるように塩をする。塩がグジの鱗(うろこ)にかかると、色がとび、あの光沢をそこなう。仕事ぶりはひとつの作品をつくりあげるのに似ている。塩して輝くグジをつくる。山本さんの持論だった。

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 「京は、若狭一辺倒で、津居山から持っていっても、だれも相手してくれなかった。寸法もそろっていないから、笑われる。ものに自信があっただけに、腹もたった。けど、それが、京の良さというのは、あとでわかった。にわかに、持っていったところで、信用ならん。まして、グジはひとしおをつくりにする。そのうち、理解者ができ、後援してくれる。あとは、納めるだけ」と、山本さん。

 ここまてくるまでの時間は、若狭ひとしおの歴史に比べたら、余りにも短い。しかし、津居山ひとしおが新若狭として認められるまで、夜汽車で運ぶ京都は遠かった。

(1999.10 文=粟津征二郎 写真=山本武人) 

 ■グジはアカアマダイ
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夕方のセリは、ひとしおして京都へ運ぶには、都合がいい。夜のうちに送り込む
 「グジは、夏が産卵期で肥えている。若狭はこの時期に刺し網を入れる。九月から延縄になり、水揚げも少ないな。大きいのが揚がらんから京都はものたらんのと違うか」(小浜・鮮魚店主橋本明和さん)

 アマダイには、シロアマ、アカアマ、キアマの大きく分けて三種あり、グジと京都で呼んでいるのはアカアマダイを指し、日本海が主産地になる。北陸から山陰にかけてが、グジの地方名で、山口(萩)のあたりではパトオともいう。

 塩グジの流通は、水揚げ港と塩加工地の違うもの、従来の水揚げ・浜塩の産地、鮮魚で仕入れ、店で塩するものと大きく三通りある。

 京都中央市場のグジ入荷量を調べてみると、鮮魚は長崎産・対馬ものが断トツ。福岡、島根、山口と続く。塩魚としてはいるグジは、鳥取がトップで、次いで兵庫が続く。兵庫は鮮魚の十倍のひとしおものを京都へ入れている。北海道、山口も多い。この八月の兵庫産の塩グジの価格はキロ平均4,552円で、他を離している。これに対して、鮮魚で入荷のグジは品質最高の長崎産でも平均2,000円を切る。ひとしおグジは高い。

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