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水の世紀を生きる<第2部> | ||||
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再考の思想
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三十年余り、連日のように淀川に通って魚や貝を見続けている。きっかけは、ブルドーザーが入り江を砂で埋め、魚の群れが苦しそうに跳ねるのを目撃したことだった。「川を壊さないで」とすぐに声を上げた。しかし改修工事は進み、自宅には開発業者から脅迫めいた電話がかかってきた。 時代の変化実感 最近、紀平さんは時代の変わり目を感じ取っている。訴え続けてきた魚の繁殖やすみかに不可欠な浅瀬とわんど(湾処)の再生が各地で実現し、生物のために淀川大堰=大阪市=を開いて水位を下げる実験が始まったのだ。 五年前、河川法に環境保全の視点が加わり、治水と利水が中心だった明治以降の河川管理が転換期を迎えている。 ダムや堰、コンクリート護岸が自然へ多大な影響を与えるとの認識は一般化したものの、水の管理か多様な生物の保護か、重点の置き方によって対立は続いている。 「かつて真剣に議論し結論を導いたダム計画。早期完成を願っている」。琵琶湖に流れ込む高時川に建設計画が進んでいる丹生ダム(滋賀県余呉町)をめぐる会議で今年六月、住民は地元振興の観点からもダムの必要性を強調した。 「ダム以外の方法で利水と治水対策ができるのなら、社会全体としてそちらの方がいい」。同じ会議で、県琵琶湖研究所の中村正久所長は、ダムの湖への影響は未知数だとしながらも、建設の決まった約二十年前と現時点で、水需要が大きく変化している点を訴えた。 実際、国は少子高齢化や景気の低迷などを理由に、ダム建設の根幹の一つの水需要予測について、増加率を極端に緩やかに修正している。徳島県木頭村に計画していた細川内ダムなど国直轄の十二のダムを建設中止にするなど、従来の事業を見直す動きも出ている。 無関心こそ問題 先月の十七日、枚方市内の淀川。紀平さんは国交省の職員たちと、復元されたばかりのわんど内に、増水した本流から避難してきたタナゴやアユなど九種類を確認した。長年の調査で八幡市より下流で見つけたのは九十五種の淡水魚と貝。個体数が徐々に減り、姿の見えなくなった種もいるだけに、再生わんどが繁殖の場になればと期待が膨らんだ。 生物が減った原因を問われれば、紀平さんは堰や河川改修による浅瀬の減少と水質汚染のほかに、必ず付け加える言葉がある。「人が川に入らなくなったから」。汚れていても三面コンクリート張りになっても、人々が川に無関心なのが問題だと言う意味だ。 川は人間の心や社会のありようを映し出す鏡でもある。時代ごとに治水と利水の計画が立てられてきた。「大切なのは人間の都合だけでなく、長い目で見て、本当に必要な計画なのか、常に立ち止まって考えることでしょう」。紀平さんは、そう考えている。(おわり)
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