ひと模様 五輪へ 林勇気(アーチェリー)とともに
まじめさ 周囲にも刺激

仕事を終えた後、初の五輪に向けて練習に励む林勇気(京都アクアリーナ)

 アーチェリーの女子五輪代表の座をつかんだ林勇気(23)=堀場製作所=は同大出身のOL2年目。学生時代を過ごし、社会人の第一歩を踏み出した京都で、競技と仕事を両立させながら、五輪の晴れ舞台に挑む。

◇     ◇     ◇

 同大アーチェリー部の現役部員や卒業生が五輪に出場するのはミュンヘン(1972年)の日比野正嗣、モントリオール(76年)で銀メダルを獲得した道永宏に次いで3人目。「こつこつ努力してきた彼女が五輪に行く。こんなにうれしいことはない」。コーチを務める倉貫正弘(49)は喜びをかみしめる。

倉貫正弘・同大コーチ
 同部は弓道部洋弓班として1960年に発足。これまで団体の学生王座に女子は7度、男子は5度輝いた名門だ。

 倉貫は同志社高でアーチェリーと出合い、同大では道永の1年後輩。卒業後は服飾関係の会社に勤めながら全関西連盟の審判委員長、関西学生連盟の参与も務め、アーチェリーの普及とレベルアップに力を注いできた。

 しかし2005年、任期を残して参与を辞任し、同大のコーチに就任した。関西でライバルの近大が力をつけ、長く王者に君臨するなか「同志社を強くしたい」との思いからだった。

 指導を始めた時、林は3年生だった。「最初の印象はすごくまじめ。練習に貪欲(どんよく)だった」。林は兵庫・松陰高時代に世界ジュニア選手権に出場するなど、入学時から同年代トップの力を持っていた。大学でも暇さえあれば京田辺キャンパスのレンジ(練習場)にいた。

 その姿はチームにも勢いを与え、団体戦のスコアも少しずつアップ。05年に女子が13年ぶりの学生王座を獲得。翌年は男子も28年ぶりに学生日本一になった。

 倉貫は「同学年の女子部員がいないなか、主将とエースの役割を果たした。努力を積み重ね、競技者としての姿勢や強い精神力を後輩たちに見せてくれた」と感謝する。

 林の在学中から監督を務める東和徳(54)は「土壇場での勝負強さに何度も救われた」と振り返る。一昨年の大学王座決定戦。連覇こそならなかったが、準決勝で好成績を出し、宿敵・近大を2点差で破った。

 昨年5月にはわずか2点差で世界選手権代表を逃し、一度は五輪出場が絶望的となった。しかし、同選手権で日本勢の不振もあり、土壇場で五輪出場のチャンスがめぐってきた。同年9月、中国・西安で行われた第3代表を選ぶアジア大陸選考会で大逆転の代表入り。東は「強運もある。普段からあの強さを出せれば、五輪でも活躍してくれるはず」と期待する。

 林が勤務する堀場製作所総務部長の山下泰生(42)も同部のOB。京都国体前年の1987年に入社。同社が国体の協力企業だったこともあり、山下が中心になって社内にアーチェリー部をつくり、国体京都チームの強化コーチなども務めた。

 山下は「うちの社風は『何事もおもしろおかしく』。業務外の活動でも面白ければ会社が応援する風潮がある」と話す。

 3年前、競技オリエンテーリングで活躍する番場洋子(28)がよりよい競技環境を求め辞職を申し出た際、希望の東京に転勤させ、練習時間を増やすための短時間勤務や遠征費補助など、新しい雇用契約をつくった。この契約にならい、同社は林とも「トップアスリート契約」を結んでいる。

 山下は「仕事もこなしながら、ほかの分野でトップを極めようとする人は有益な人材。彼女らの活躍は社員にも良い刺激になる」と強調する。

保木茉莉奈さん
 林と同じフロアで働く同期入社の保木茉莉奈(19)は、林の五輪代表入りを同期社員からの一斉メールで知り「こんなに身近な人が五輪に出ちゃうなんて」と目を輝かせた。代表に決定後、同期社員で協力し、五輪の観戦チケットを2枚確保した。みんなで少しずつお金を出し合い、北京へ応援に乗り込む計画を立てている。=敬称略


(2008年4月15日付け紙面)

あらかると SPORTS