京都踏水会(京都市左京区)出身で、シンクロナイズドスイミング日本代表の青木愛(23)=井村シンクロク、びわこ成蹊スポーツ大=が初の五輪に挑む。ジュニア時代からトップレベルで活躍する一方、学業との両立を目指して努力を重ねてきた青木を、京滋の恩師たちは優しく見守る。 ◇ 京都踏水会は、大日本武徳会の遊泳部として1896年に創設され、府内最古の水泳教室の伝統を誇る。青木を小学2年から指導したシンクロヘッドコーチの石山加寿美(47)=下京区=も同会のOG。青木のことを「良いところは抜群なのに、苦手な部分は最下位になるほど点が悪い。極端な選手」と笑顔で語る。 石山は小学5年生でシンクロを始め高校2年で引退したが、後にコーチとなった。元日本代表ヘッドコーチの井村雅代(現中国代表コーチ)とも親交が深く、より高いレベルを求める選手を井村シンクロクへ紹介することも多い。 バルセロナ五輪3位の奥野史子や、シドニー、アテネ両大会で銀メダルの立花美哉、武田美保ら、これまでに10人近くの五輪選手を育ててきたが、いずれも石山の下で基礎を学び、井村シンクロクへ進んでいる。 青木も石山の下で立ち泳ぎの基礎から学んだ。小学生の時から同級生と比べて頭一つ背が高く、「柔軟性とバネには目を見張るものがあった」という。ジャンプの美しさや立ち泳ぎの安定感は抜群。持ち味のダイナミックな演技の基礎は中学2年の秋まで所属した踏水会で培われた。 青木の代表入りで、石山の教え子は5大会連続で五輪に挑む。「これまでの自分を信じ、得意な部分をもっと伸ばしてほしい」と期待する。 京都文教高(京都市左京区)で青木のいたスポーツクラスを3年間担任した元水泳部顧問の庄田仁美教諭(49)=木津川市=は、疲れた表情で授業を受ける青木の姿を今も思い出す。 大阪の井村シンクロクに所属した青木は毎日授業が終わると、電車で大阪府門真市のプールへ通った。「合宿があれば授業も出席できず、遠足など学校行事も欠席がちだった」と残念がる。 だが、2年の時の進路相談で青木は「将来は高校の体育教師になりたい」と告げた。庄田はそれを聞いて「忙しくて出席もままならなかったのに。学校を好きでいてくれてると思い、感激した」と振り返る。 練習で疲れながら、勉強にも懸命に取り組んだ高校時代。「あの努力を思うと、万全の体調で悔いなく北京の舞台に立ってほしい」と願う。 青木が体育教師を目指して進学したびわこ成蹊スポーツ大(大津市)は、全国初の「スポーツ」の名称をつけた大学として2003年に開学。初の五輪選手となった青木は現在、五輪に集中するため休学中だが、練習が休みの時は大学に顔を出し、恩師らに近況を報告する。
青木からは単位や卒業までのスケジュールについて何度も相談を受けている。「五輪のメダルと同じくらい、教職への意志も強い。北京では必ず最高の演技を見せてくれるでしょう。その土産話をぜひ、聞きたいですね」と、北京での活躍とともに復学を楽しみにしている。=敬称略。 ◇あらかると◇ ◇SPORTS◇ |