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同志社大学ヨット部OBのネス湖クルージング

 同志社大学ヨット部のOB、OG組織「鯨会」の西村知明会長が6月に、仲間とともにスコットランドのネス湖をクルージングした。地図で見ると、ものすごく細長い湖に描かれている「カレドニアン・カナル(Caledonian Canal)」は、4つの湖と、それをつなぐ運河で構成されている。ネス湖は、その4つの湖の中の1つだ。

 京都の有力企業をリタイヤした西村会長は、このホームページで紹介している「ナローボート旅行」を2年前に楽しんだ。その第2弾ともいうべき、「ロマンの旅」に、ヨット部同級生の富田重次さん(ナローボートにも参加)、京都市右京区太秦の旅館のご主人、加藤繁治さん、外資系石油会社OBの石田善一さん、の3人が同行した。全員65歳の熟年道中を紹介しよう。

 また、西村さんは、スローライフにはぴったりの英国の「運河クルージング」の方法なども、興味のある人には提供しようと、話しています。

(左)ネス湖クルージングに使ったクルーザー(右)クルーザー船長の西村・鯨会会長
(左)ネス湖クルージングに使ったクルーザー(右)クルーザー船長の西村・鯨会会長

 ネス湖は、地図で見ると、スコットランドの右上から左下に、細長く一直線に描かれている。琵琶湖が日本一の湖なら、ネス湖はイギリス一の湖だ。ネス湖は、実は運河で他の3つの湖と連結されていて、全長は100キロにもなる。4つの湖は、
(1)Loch(湖) Dochfour(2)Loch Ness(3)Loch Oich(4)Loch Lochy。

 運河は、日本では江戸時代に当たる1822年に有名な土木技師のThomas Telfordによって完成した(着工は1803年)。全長100キロの内、約35キロが人工的な運河だ。同じ運河でも、内陸部の運河は、産業革命当時、色々な産業又は工業用品を運搬するるためにつくられた。幾つかの運河が、道路網のようにネットワークを構成していた。幅が狭く水深も浅い。このホームページに掲載している「西村会長のナローボート旅行」は、この内陸部運河を航行したときの思い出だ。

(左)湖をつなぐ運河の水門を進む(右)のどかな桟橋に船をつけて、陸の観光も
(左)湖をつなぐ運河の水門を進む(右)のどかな桟橋に船をつけて、陸の観光も

 ネス湖などを結ぶ運河は、水深は6m以上、幅は30mほどもあり、500トンまでの船が航行できる。そして、低い水面から高い水面へ、あるいはその逆に航行する船を上げ下げする「ロック(水門)」は、全部で29ある。ロックの幅が広く大きな事、商業用の船が多く通るということでロックの操作は専属のロックキーパーがしてくれる(これが内陸部の運河と大きな違い)。幾つかあるスウイング・ブリッジの操作も専門のロックキーパーがしてくれる。

 ロンドン空港経由で現地入りし、クルージングのスタートは6月4日。ネス湖の北の端、Caley Marinaで大型のクルーザーを7日間、借りた。全長38フィート(約10メートル)。ダブルベッドが2つ、シングルベッドも2つ。日本で買えば、数億円か?。1週間のレンタル料は、約30万円。運河内は、自転車でゆっくり走るぐらいのスピード、5ノット以下で運行しなければならず、湖に出てものんびり旅行だから、浮かぶ別荘だ。

 リーダー格の西村会長は同志社大学時代、ヨットのインカレチャンピオンだし、現在も船舶免許を持っている。しかし、まず、めったに来ない日本人に、こんな高価なクルーザーを貸すわけだが、マリーナの係員は、”ベテランセーラーの匂い”がすぐに分かったのか、説明もそこそこに「OK」サイン。

切り立った両岸の景色が美しいネス湖
切り立った両岸の景色が美しいネス湖

 湖の水は、泥炭の影響で濃い茶色。透明度は極端に悪い(数メートルで闇の世界)。しかし、水質は悪くない。とにかく細長い湖で、左右両岸の切り立った地形が、独特の美しさを描いている。

 水門を通過するときは、専門の係員が操作してくれるが、場所にによっては、運河をまたぐ道路が20分ほど通れなくなる。日本なら、文句の一つや二つは言われそうなものだが、車から手を振ってくれたり、なにやら話しかけてきたり。「こっちは、遊んでいるだけなのに、待たせて悪いなー」と、少し体を小さくしたいようなものだ。国民性の違いといってしまえばそれまでだろうが、心の豊かさを大いに感じた。

(左)湖岸のパブで乾杯するクルージングメンバー。女性は飛び入り?(右)ネッシー記念館の”主”のネッシー
(左)湖岸のパブで乾杯するクルージングメンバー。女性は飛び入り?(右)ネッシー記念館の”主”のネッシー

 1週間の間、湖岸のパブに寄ったり、上陸してゴルフをしたり。船内では、朝は、フルイングリッシュ・ブレックファースト。昼は、日本から持参した食料(うどん、カレー、蕎麦、餅、ラーメン)で楽しんだ。夕食は、ホテル、パブでのワイワイ、ガヤガヤと、なごやかに過ごした。

 ここまで来たら、伝説の怪獣「ネッシー」に触れないわけにはいかない。ちゃんと、記念館があって、例の首の長いネッシー像が、ドーンと待っていてくれた次第。

 長い湖と運河を往復して6月10日に帰港した。

 この旅行、もちろん、旅行会社の団体ツアーなどではない。西村会長自身が、往復の飛行機、現地での移動、クルーザー選びや予約、滞在ホテルの手配など、インターネットで探し、手配した。その意味では、よく海外で見かける日本人観光客にはない「歓び」があふれている。現役の企業戦士時代、海外勤務を経験しているからこその「技」でしょうか。遊び心あふれるクルージングの写真をここに掲載する。

 外国暮らしのガイドブックで見た。会社を定年したり、商売を後進に譲った人が、何か書類を書くときの「職業欄」は、日本では「無職」だが、国によっては「リタイヤ(退職)」と記入される。リタイヤのパスポートを見せると、税関の係員からも「人生の先輩、ようこそ…」と笑顔で迎えられるのだとか。60歳代の「冒険旅行」に、エールを送りたいですね。