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ヴィッツレースの北川晃―関西シリーズ最終戦は2位

■2010年の9レースに挑戦

愛車と並ぶ北川選手
愛車と並ぶ北川選手

 公道を走る(ナンバープレートがついている)トヨタ自動車のヴィッツによるカーレース、「ネッツカップ ヴィッツレース」に、京都市山科区の北川晃選手(25歳)が挑戦を続けている。2010年から本格的に参戦、9戦にフル出場する予定で、まずは「表彰台(3位内)が目標」という。レースに挑むドライバーであると同時に、車体や、バイク用のヘルメットを飾るスプレーアートにも非凡な才能を発揮しており、目指すは「アーティスト的なレーシングドライバー」だ。

■自動車が「ゆりかご」だった

富士山を背に走る北川選手のヴィッツ
富士山を背に走る北川選手のヴィッツ

 北川選手は1984年12月生まれ。父で、精密機械製作の京都市山科区・北川工作所社長の昌志さん(55歳)は、20歳代の時にフォーミュラカーのレーシングドライバーだった。兄の剛さんも早くからレーシングカートに乗っており、北川選手は、小さいころから自動車が身近な存在だった。

 中学2年のとき、その兄がオーストラリアのカートレースに出場、北川選手は観戦に同行、オートレースに強く魅せられた。

 もともと、画家を志望するほど絵が好きだった。兄と一緒にカートレースにも出ていた高校(京都学園高)2年のとき、イギリスに7カ月留学。素晴らしい壁画に刺激を受け、スプレーアートを始め、独学で腕を磨いている。

ヴィッツレースの模様
ヴィッツレースの模様

 京都産業大に進学、アートサークルに所属。同大学では、何かにチャレンジする学生を支援する制度を設けていて、北川選手は、厳しい学内選考を経て支援を得られた。レースにデビュー、2戦目で6位入賞し、「ルーキー・オブ・ザ・イヤー」などを受賞した。

 大学卒業後、2007年に単身オーストラリアに行き、日本人では初めて「オージー・レーシング・カーレース」に出場、3戦を経験した。帰国後、2009年には、「ネッツカップ ヴィッツレース」に3回出場した。

 さまざまな経験を積み、いよいよ2010年から、ヴィッツレースへの本格参戦を始めた。京都市内のトヨタ車のディーラー、ネッツトヨタヤサカの「ヤサカレーシング」に所属している。

 北川選手は「これまでに、海外のレースを含めて、混戦バトルの走り方、位置取り、結果につながる抜き方、あるいは抜かれ方などいろいろと学んできた。そろそろ結果(3以内)を出したいと思っている」と前を見据える。

ヤサカレーシングのスタッフら
ヤサカレーシングのスタッフら

■レースは性能互角の市販車マシーン

 サーキットを走るカーレースは、「F1」を頂点に、自動車の種類・性能によってさまざまなカテゴリーに分かれている。北川選手が参戦している「ヴィッツレース」は、一般の自動車の車検を受けているクラスに属している。従って、公道を走ってサーキットに行き、レースが終わったら、また公道を走って帰ることが可能。車検に違反する改造はできないため、基本的に車の性能は同じ。勝負は、ドライバーの腕にかかっている、と言っても過言ではない。

 ヴィッツレースは、トヨタのヴィッツ(エンジンは現在1500cc)だけが出場する。1981年に、トヨタ車のスターレットのレースが始まったが、その後継レースとして、2000年にヴィッツレース(当時はエンジン1000cc)が始まった。一般車といっても、レースに出るには、ドライバーはA級ライセンスが必要だ。

 全国を5つの地域に分け、合計17戦が行われる。入賞者には賞金が出る。さらに、日本一決定戦であるグラントファイナル戦がある。

■関西、関東の計9戦に挑む北川選手

 北川選手が今季出場(予定)するレースは以下の通り。

■今季開幕から連続入賞

 北川選手のレース結果、コメントは以下の通り。

【関西第1戦(32台)】 ▽予選 4位  ▽決勝 5位

【関東第1戦(83台)】 ▽予選 11位 ▽決勝 6位

【関西第2戦】 ▽予選3位 ▽決勝 優勝

ヴィッツレースの北川晃―

ヴィッツレースの北川晃―

【関東第2戦】▽予選 11位  ▽決勝 11位

【関西第3戦】▽予選 13位  ▽決勝 4位

【関東第3戦(64台)】▽予選 10位 ▽決勝 30位

【関東第4(最終)戦】▽予選8位  ▽決勝8位(65台中)

【関西第4(最終)戦】▽予選2位  ▽決勝2位 NEW

関西最終レースでの表彰
関西最終レースでの表彰

チャンピオン戦11月12日~14日(富士スピードウェイ)

ヴィッツレースの北川晃―