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野球の鴨沂クラブでプレーヤーを続ける沢田誠さん(京都大OB)

 さわだ・まこと 1964年、大阪市生まれ。京大では投手として活躍、87年の春と秋に外野手でベストナインに選出。大阪ガスで4年間プレーし、コーチも歴任。現在は同社リビング開発部購買物流チームリーダー。
 さわだ・まこと 1964年、大阪市生まれ。
京大では投手として活躍、87年の春と秋に
外野手でベストナインに選出。大阪ガスで
4年間プレーし、コーチも歴任。現在は
同社リビング開発部購買物流チームリーダー。

 20年以上も前、京大の好選手として多くの学生野球ファンを魅了した。「野球が楽しくて楽しくて」と、今も京都の鴨沂クラブでプレーを続ける。5月に行われた都市対抗大会の京都府予選にも出場した。足のけがで途中退場し初戦敗退を喫したものの、「60歳まで続けたい」と現役への気持ちは衰えない。

 京大時代は投手として関西学生リーグを沸かせ、通算10本塁打の打撃力を買われ1987年のプロ野球のドラフト候補に名を連ねた。プロへの道はかなわなかったが、大阪ガスに入社しプレーした。京大硬式野球部の監督を4年間務めた2000年の秋季リーグ、5位という成績を残して勇退した。監督時代は打撃投手を買って出て、多い日は700球を投げた。「毎日、プレーできるぜいたくな環境だった」。その後は、職場の仲間と草野球を週末に楽しむ程度だった。だが4年後の秋。「硬球が懐かしくなって」と、立命館クラブ(現ミキハウスREDS)に加わり、07年末に鴨沂クラブへ移った。今は週末、京大や母校の寝屋川高、鴨沂高紫野グラウンドで練習する。高校生と一緒になってダッシュや守備、打撃練習を繰り返し、心地よい汗を流す。

 「高校や大学時代は嫌だった練習が今、とても楽しい。野球を続ける理由は練習が楽しいと思えるようになったから」。趣味のスキーで転倒し、半年間も右腕が上がらなかった。ようやく復帰した今春は、練習中に右足を肉離れした。ここ数年はけががちだっただけに、よりプレーできる喜びを感じている。

 もうすぐ45歳になる。学生時代に同じ関西学生リーグで戦った同学年の古田敦也氏(前ヤクルト監督、立命大出)もすでに現役を引退している。「今、目指しているのは、同世代の中で日本一のプレーヤーになること」と笑う。クラブチームの選手に引退はない。まだまだ挑戦は続く。

(2009年6月20日付け夕刊紙面から)